面白いタイトルだ。
「木に生る 実が生る」でもいいし、「気になる 実がなる」でもいい。「木に生る 実が鳴る」を当ててもいいかもしれない。
主役は、木であり実でもある。芽吹きから、実が育ち葉を落とす時期まで、1本のリンゴの変化をひたすら見つめつづける。木の全体像と、枝先のクローズアップ、絵を使い分けながら、リンゴの木や実に起こっている変化の過程を追いかけてゆく。
リンゴの種の話からつながって、終盤は実と種のはたらきの話にまで発展する。描いてきたのは「食べるためのリンゴ」だったけれど、同時に「植物としてのリンゴ」でもあったという「視点」が加えられるのだ。
ふじ の木になったのは、ふじ の実です。でも、ふじ の実のなかの種は、ふじ ではありません。種は、ふじ のめしべに、ほかの品種の花粉がついてできました。その種から芽生えるりんごの木は、ふじ でもない、つがる でもない、新しい品種です。果樹園の木は、ほとんどが接ぎ木でふやされたものですが、野生のりんごの木は、こうした種から育ってきたのです。
本文にはリンゴの種についてこう書かれているものの、子供たちにとって理解が難しかったのではないだろうか。私もよくわからなかったので、ちょっと調べてみた。
・リンゴは、自分の花粉とめしべの間で受精しない(自家不和合性)。
・実をならせるためには、ほかの株の花粉(別の品種でもよい)をもって受精させる必要がある。
・一方で、リンゴの実は母木のからだの一部が大きくなったものであり、実がもっているのは「母親の体細胞がもつ遺伝子のセット」である。だから
・しかしタネの方は「受精の結果生じた子」にあたるので、できた種は雑種、新しい品種ということになる。
リンゴを食べるーー木になるのは毎年おなじ実 | 浜島書店生物図表Web
表紙はリンゴの実。芽吹きのころの枝先をバックに、ドカンと配置されている。対して裏表紙は、左上の端っこに、緑の実がついた枝先がちょこっと描かれているだけだ。おもて表紙、裏表紙だけ見たときには、なんてことはない絵なのだが、見開きにすると1枚の絵としてグッと立ち上がってくる。
背表紙にある「月刊 たくさんのふしぎ」の文字は赤。デフォルトのデザインだが、本号に限っては、ここが赤で、違う色じゃなくて本当に良かったなあと思う。ほかの色だとちょっと目の邪魔になったはずだ。おもて表紙の枝先は、背表紙を越して裏表紙まで続いているが「月刊 たくさんのふしぎ」の字に重ならないよう絶妙に配置されている。ねらってデザインしたのかなあと思った。
『きになる みがなる』が植物としてのリンゴに焦点を合わせたものだとしたら、『りんご ─津軽 りんご園の1年間』は、リンゴの栽培や農家の人たちにスポットを当てた写真絵本だ。とはいえ、『きになる みがなる』と同様、りんご園全体とクローズアップの写真を使い分けながら、リンゴの木の変化についてもしっかり描かれている。
しかし、中心となるのはあくまでリンゴ栽培の作業の方。『きになる みがなる』ではほとんど描かれない、人の手による作業も余すところなく説明されている。剪定、摘花、実すぐり、袋かけ作業、葉取り、玉まわし、袋はぎ、そして収穫、選別。作業の言葉をざっと抜き出しただけでもこれだけある。その他、受粉作業の大切なパートナー、マメコバチのお世話や、花粉をとる作業(受粉しきれない部分を人工受粉で補う)、病虫害を防ぐ“胴木洗い”から病木の治療まで、驚くほど多岐にわたっている。
著者の叶内拓哉*1氏の本業は野鳥写真家。ネズミやノウサギを駆除してくれるフクロウや、リンゴの木で子育てするオシドリ、害虫を食べてくれるシジュウカラやコムクドリなど、野鳥の姿が少しだけ挿しはさまれているものの、今回に限って鳥は脇役だ。
取材したリンゴ農家の方とお付き合いが始まったのも、もともとは撮影旅行がきっかけだったらしい。「はぁー、東京がらぁ?鳥っこさ見にぃ?」という農家のご主人の声が面白い。「りんご農家の大変さも少しずつわかり始め、なんとか本にまとめたいと思うようになった」ということから作られたこの本は、野鳥関連の著作が多数を占めるなか、異色のものと言えるかもしれない。
福音館の本の奥付には「たくさんのふしぎ」含め、福音館書店のシンボルマーク(大小の手を組み合わせたもの)がデザインされているが、この『りんご ─津軽 りんご園の1年間』では、絵文字リンゴで作られたものが付けられている。すごくかわいらしい。

- 作者:叶内 拓哉
- 発売日: 2006/05/20
- メディア: 単行本