こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

ほっぺたおちた(第207号)

芋臭い、芋を引く、イモい、イモる、芋づる式……

ホントにイモの匂いがしてるわけじゃないし、

ホントにイモを引っ張ってるわけじゃない。

イモで形容詞?イモが動詞に?

芋づるの方法って?

今週のお題「いも」にちなんで、イモにまつわる言葉を集めてみたが、本号『ほっぺたおちた』も、このような面白い形容表現を集めた本だ。それにしても芋、あまりいい意味で使われないなあ。あんなに美味しくて、あんなに栄養があり、あんなに育てやすいのに。

「面白い」っていうけど何が白いのか?ふだんあたり前のように使っている表現だけれど、よくよく考えてみると不思議な言葉だ。この本ではさまざまな表現の語源までには触れられていないが、諸説あってこれが正解としにくいものだからだろう。「作者のことば」で言われるように、

 言葉は、私たちの生活の中で、日々、生まれ、育っています。

というものだからこそ、現在まで生き残ってきた表現の背後には、古今東西老若男女さまざまな人たちの思いが積み重なっている。そう考えると「イモ」の言葉が定着し、現在も進化し続けているというのは、それだけ芋が愛されてきた証拠に他ならない。もっともイモの持つイメージが定着してしまっているがために、良い意味の言葉が作られにくいというデメリットもあるが。

本号には「パンを食べても朝ごはん」という表現も紹介されているが、これを逆手に取ったのがご飯論法だろう。“「パンを食べても朝ごはん」である”という前提は、このように「たくさんのふしぎ」を読むような小学生にだって共有されているのに、大の大人が、よりによって政治家が官僚が、そんな前提などあたかも存在しないかのような物言いをするとは。さっさと朝ごはん食べなさい!ー食べてるのはパンだもん。ごはんいうならご飯出して!とかしょうもない言い返しで大人をイラつかせる子供もびっくりである。教師に「ふでばこを持ってきたか?」と聞かれて、子供が「ふでばこは持ってきました(鉛筆や消しゴムは入っていない)」なんて答えればどうなるか。言葉を正確に使えてえらいねー、機転が効いてるねーみたいな話になるはずもない(そんな心の余裕があるような先生がいてほしいというのはまた別の話)。政治家は言葉を扱う仕事のはずだけれど、言葉を自分の好きなように使う仕事ではないはずだ。

 

「ふしぎ新聞」の巻頭は、

 憧れのお仕事をしている人に、どうすればその仕事に就けるのか、なぜその仕事を選んだのか、などを直撃インタビューしてしまうという新コーナーが誕生!

ということで、第一回は「女子アナ」が取り上げられ、佐々木明子氏にインタビューした話が掲載されている。

面白い失敗エピソードとして、入社三年目のとき、番組で坂東玉三郎をゲストに迎えたときのことが書かれている。緊張と盛り上げなければというプレッシャーで、オープニングの紹介時「ゲストは坂東タマタマ三郎さんです!」と言ってしまったのだという。玉三郎は、番組中佐々木アナの顔を一度も見てくれなかったそうだ。

2002年発行、「ふしぎ新聞」内という軽めのテイストで作られる内容とはいえ、今ではちょっとアウト気味かなーと思うところもある。「女子アナ」という言葉、まあ“タマタマ三郎”は本人の言なのでいいとしても、恋人はいますか?という質問で〆るインタビューは、個人的にはオッサン臭(というのも偏見に満ちた言葉だが)がぷんぷんするなーと思ってしまう。ポリティカル・コレクトネスが進みつつある現在、変わる言葉、消える言葉も増えてきているが、大切なのは佐々木アナが最初に語るとおり、なぜなのかを考えること、つまりなぜ言葉を変えるべきなのか、を考えることなのかもしれない。