こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

夢の庭づくり(第255号)

先日見た「小さな旅」は、北海道で庭づくりに勤しむ人たちの話だった。

北海道という土地は、庭を造りたくなるようなロケーションなのだろうか?北海道ガーデン街道のほかにも、各地にさまざまなガーデンが存在している(北海道ガーデン一覧 - Wikipedia)。気候柄、花を楽しめる時期は短いというのに、というかだからこそ、その期間を目一杯楽しもうと庭づくりに励むのかもしれない。

『夢の庭づくり』の「陽殖園」も、北海道は滝上町にある私設の庭園だ。

表紙写真は、空と木々の青をバックにルピナスが咲き誇る庭。こんな写真映えするような花々がたくさん出てくるかと思いきや、中身は至って地味そのものだ。一つ一つの花は色あざやかでかわいらしいのだが、庭そのものの全景にパッと見て圧倒されるような派手さはない。「夢の庭づくり」というくらいだから、さぞかしすごいだろうと期待すれば、拍子抜けしてしまうかもしれない。

しかし、この庭は、写真で一部だけ見たところでわかるものではない、本当のところは現地に行かないとわからないものなのだと思う。なんせ庭全体で約7.5ヘクタールも(約75,000m²)あるというのだから。北海道に因んで札幌ドーム(建築面積55,168m²)と比べてみれば、その1.4倍くらいはある計算になる。

こんな広い土地をたった一人の男が管理しているというのだから、驚きだ。その男は、高橋武たかはしぶいちさんという。高橋さんの生き様はすごい。高橋さんの庭は、「陽殖園」は、高橋さんの人生そのものなのだ。

幼い頃から筋金入りの花好きだったというエピソードは、『武市の夢の庭』という本に詳しい。本号「夢の庭づくり」と同じ著者によって書かれている。

おむつして背負われてる頃から花に興味をしめし、母ナミさんがその時摘んでやった花、ホザキシモツケを外出先でもずっと手離さなかったこと。スミレやタンポポを植えては抜き、抜いては植え替えたりして、花壇作りごっこに夢中になっていたこと。

「スミレやタンポポがめんこく(かわいく)てね。ただそれだけで夢中で遊んでいたのさ」(『武市の夢の庭』25ページより)

中学生になり、野菜の行商で一家の生活を支えていた武市少年の転機となったのは、レンゲツツジ。高橋家には、祖父の故郷岩手*1からもらったレンゲツツジがあり、やはり花づくりが好きな父の直喜さんの手で大切に育てられていた。あたりに生えるヤマツツジは薄紫のエゾムラサキツツジで、レンゲツツジの鮮やかな朱色は珍しいものだった。武市少年はその美しさを町のひとにも見せたくなり、何本ばかりか野菜カゴに挿して出かけていくことなる。案にたがわずツツジは人々の目をひき、花を欲しいという人まであらわれた。野菜の売り上げより高い値で売れたのに衝撃を受けた武市さんは「花を売って生計を立てよう」と心に決めることになる。

いちばんの強烈なエピソードとしては、本号にも書かれているが「修学旅行費用事件(勝手に命名した)」ではないだろうか。中学3年生のとき修学旅行の話が出たのだが、一家の生活では費用の捻出ができずにいた。父直喜さんは、これから旅をすることもかなわないだろう息子を思い、大切な子馬を売ってお金を作ってやる。しかし武市さんはなんと、悩んだすえこう告げるのだ。「この金で種や苗を買いたい」。当然お父さん激おこである。行かんのなら金返せ!である。武市さんは武市さんで「これは俺がもらったもんで、行かないって決めたのも俺だから俺が使う」。おいおい。結局、頑としてゆずらない息子に折れたのは親の方。「じゃあ、十年間だけその金を元手にしてやってみろ」としぶしぶながら許すことになるのだ。

こうして始まったのが「陽殖園」。ときに昭和30年、武市さん14歳のときだ。それから実に60年以上ものあいだ、武市さんの夢の舞台であり続けているのだ。まさに“夢の庭”づくりでもあり、夢の“庭づくり”でもある。庭にはもちろん、幼き日に握りしめたホザキシモツケや、一生の仕事を決めたレンゲツツジも咲き誇っている。

写真の美しさとしては、本のサイズはひとまわり小さいながら、見開きいっぱいを使った華やかな写真が多く載る『武市の夢の庭』に軍配が上がる。しかし『夢の庭づくり』で出色なのは、武市さんによる作業の写真の方だ。とくに24〜25ページの、太陽が沈み薄暗くなった中で作業をする様子はしみじみ素晴らしい。開園中は開園時間以外におこなう作業、そして閉園になってからは秋冬の地道な手入れが、夢の庭をささえているのだ。

『武市の夢の庭』には、本号では短く載るだけのエピソードが詳しく書かれている。武市さんの庭づくりの考え方など、その人生に裏打ちされたものであることがよくわかる。武市さんが言う「植物は見えないところの方がたいせつなんだよ」という言葉が、どんな経験からきているのか、ぜひ読んで確認してみてほしい。 

月刊 たくさんのふしぎ 2006年 06月号 [雑誌]

月刊 たくさんのふしぎ 2006年 06月号 [雑誌]

  • 発売日: 2006/05/02
  • メディア: 雑誌
武市の夢の庭 (BE‐PAL BOOKS)

武市の夢の庭 (BE‐PAL BOOKS)

*1:祖父直次郎さんは岩手から北海道開拓にやってきて山仕事に従事していた。馬橇で木材を下ろしていたというから『馬と生きる(第416号)』のような馬搬の技術が使われていたのかもしれない。