こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

おんまつり(第429号)

「おんまつり」とは、春日若宮おん祭のこと。

世界遺産 春日大社/春日若宮おん祭

12月15日に最初の神事がおこなわれるから、もうすぐだ。

若宮、なので、春日大社御祭神そのもののおまつりではない。神様のお子様である若宮さまをおまつりしたものなのだ。父神さま 天児屋根命と母比売神さまの御子神であり、御名を天押雲根命と申し上げるそうだ。

御子神をおまつりする若宮神社が建てられたのは、お生まれになって130年後*1。時に保延元年(1135年)のことである。保延への改元前、長承年間には、長雨による飢饉が相次ぎ疫病が蔓延していた。ときの関白藤原忠通は若宮におすがりするべく御社を建て、翌年は春日野の御旅所にお迎えし盛大な御祭りでおなぐさめした。これがおんまつりの始まりである。御霊験はあらたか、その後も若宮は奈良の人びとによって大切におまつりされ、以降「おんまつり」もおよそ890年、いちども中断することなく続いてきた。とくに12月17日の昼間にある「お渡り式」は、それは盛大なお祭で、奈良市の小学校はなんと午後からお休みになり、みな見物に出かけるほどなのだ。

世界遺産 春日大社/春日若宮おん祭(お渡り式紹介)

神さまのお子様のお祭り、学校が休みになるほどのお祭り、小学生向け月刊誌である「たくさんのふしぎ」らしいテーマだ。しかも現在、疫病流行の真っ最中、経済的に厳しさが増していくのは飢饉にも似た状況だ。先行き見通せないなか、もう人智を超えたものにおすがりするしかない、この現代でまた、お祭り本来の意味を取り戻すことになろうとは、本当に皮肉なものである。

学校が午後からお休みになるのは、見物のためだけではない。小・中学生の子供たちもたくさんお祭りに参加しているのだ。とくに「お旅所祭」で「東遊」を子供たちが舞うというのは他に例がないものらしい。流鏑馬も小学生男子による稚児の流鏑馬。夏休み前から練習を繰り返すのだという。『ぼくらの天神まつり (たくさんのふしぎ傑作集) (第48号)』の記事では、中学生男子による流鏑馬を紹介したが、こちらはさらに下って小学生だ。しかし今年、おんまつりでの稚児流鏑馬は中止となってしまった。

お祭り本来の意味と書いたが、本書もたんにお祭りのようすを紹介する本ではない。 

 いま私たちのまわりには色々なお祭がありますが、本来の日本のお祭は、にぎやかに楽しむだけのものではありません。

 お祭というのは、神さまを人間のもとにお迎えし、真心をこめた最高のおもてなしをして平和や豊作を祈ることです。お祭をすることで神さまは、さらに強い力を発揮されます。

今年は少し違った形でおこなわれるけれど、若宮さまがいつも通りお楽しみいただけるよう、地元の人たちもできる限りにおつとめすることだろう。子供たちの参加が限られてしまうのは、御子神さまとしては残念なことだろうが。祭典中、常の御旅所祭祝詞に加え、感染症の早期収束を祈念する悪疫退散祈願詞の奏上も予定されているようだが、御霊験あらたかな若宮さまのこと、きっとお聞き届けくださるに違いない。

 

絵がまた本号を引き立てている。やわらかなタッチの一方、くっきりとした色合いで描かれた絵は、お祭りの華やかさを体現するようで本当に素晴らしい。見開きいっぱいに描かれる行列の表紙絵、華麗な衣装や小道具の数々。文章とのバランスもよく、どのページをとってみても完璧だ。とくに素晴らしいのが、夜の表現。6〜7ページは、暗闇のなかで始まる「遷幸の儀」、32〜33ページでは、黒々とした闇のなか、雅楽を演じられるさまが描かれる。漆黒を背に、朱を纏って舞う蘭陵王は圧巻だ。36〜37ページには、星空の下、ページいっぱいの篝火。いっ時たりとも止まることのない炎の動きを見事に表している。本物はどんなにかすごいんだろうと想像力をかき立てられる絵の数々だ。夜の闇が、本書をグッと引き締めている。

「作者のことば」によると「おんまつりを見るには7年かかる」と言われるという。お祭り期間4日間、そのあいだ、同時刻異なる場所でさまざまな行事や神事がおこなわれるからだ。

最後は、

みなさまにも一度は、おんまつりを体感してほしいと思います。

と結ばれているが、体感してほしいからこそ『おんまつり』は12月号として出版されたのだと思う。しかし『おんまつり』が出る時点で、疫病が収束するどころか、例年どおりの行事を執り行えず、参加も見物もほとんどできなくなるとは予想だにしていなかったに違いない。来年は、いつもどおりの行事や神事を揃え、恙無くとりおこなえることを願ってやまない。おんまつりだけでなく、今年、中止または縮小となってしまった各地のお祭りも。

おんまつり (月刊たくさんのふしぎ2020年12月号)

おんまつり (月刊たくさんのふしぎ2020年12月号)

  • 作者:岩城 範枝
  • 発売日: 2020/11/02
  • メディア: 雑誌

本文に、

 むかしから特に大切なお祭は夜と決まっていて、日本の古いお祭は、今でも夜に行われています。

とあるが、以前住んでいた東京でも、まさにくらやみ祭というお祭りがあった。ゴールデンウィークの大半を費やして神事・行事がおこなわれれる盛大なお祭りだ。かつての神輿渡御はその名のとおり夜遅く午後11時ごろから始まっていたようだが、現在は午後6時ごろ渡御開始に変わっている。家族で見にいったことがあるが、大きなお祭りだけあってまあ混雑もすごいこと、見物どころかはぐれないようにするのが精一杯だった。

くらやみ祭|大國魂神社

くらやみ祭がおこなわれる大國魂神社府中市にあるが、府中といえば言わずとしれた東京競馬場のある街*2。くらやみ祭ではおんまつりと同じく「競馬式(駒くらべ)」の神事もあるが、この府中で競馬場以前から馬に関わる行事がすでにあったのが面白い(今は競馬式にJRAが協力している)。そのお祭りも、今年執り行われたのは神事のみ。競馬式などの行事、みこしでの渡御・還御も中止となってしまった。

それにしてもまあ、昨日のジャパンカップは出来過ぎのドラマではなかったですか?歴代最強馬 vs 無敗の牡馬三冠馬 vs 無敗の牝馬三冠馬。こんなメンバーのこんなレースには二度とお目にかかれないかもしれない。海外招待馬ウェイトゥパリスがゲート入りを渋ったのも、なかなか焦らされた。現地で見た幸運な人びとはさぞかし興奮したことだろう。近年のジャパンカップは、今年が特別だったことを除いても国際競争?という感じのレースになりつつある(特別な事情などなかった昨年度でも来日馬はゼロ)のが残念だが。

*1:若宮のお誕生日は長保五年(1003年)旧暦3月3日

*2:東京在住時、子供の七五三詣は大國魂神社でおこなったし、小学校の遠足の行き先は東京競馬場だった。