こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

石の中のうずまき アンモナイト (たくさんのふしぎ傑作集)(第208号)

アンモナイトは古来から人びとを魅了してきた。

本書によると、昔のヨーロッパの人々は「ヘビが石になったもの」と考え、インドやネパールでは「ヴィシュヌが姿をかえたもの」とされ、そして古代エジプトでは「アモン・ラーの角が石になったもの」と考えられていたらしい。

アンモナイトが、昔から人びとにさまざまに考えられてきたのも、「古くから世界じゅうのいたるところで見つかって」いるからだ。著者は、古来から連なる、アンモナイトに魅せられた人びとの一人なのだ。 

 ぼくがはじめてアンモナイトに出会ったのは、 小学校5年生のときでした。そのころのぼくは、よく友だちと近くの化石の出る山へ行っては二枚貝や巻き貝の化石を採っていました。

アンモナイトと出会う前、すでに化石掘りをしていたのが興味深い。アンモナイトへの布石はできていたわけだ。しかし、最初の遭遇は「掘り出せない」という敗北に終わる。それから20年以上すぎ、化石採りしていた時のことも、アンモナイトのこともすっかり忘れたころ。ある日川原でバーベキューをしてた作者は、何の気なしに穿り返した岩から、貝の化石が出てきたのを見て、突然アンモナイトのことを思い出すのだ。

 そのときから、ぼくのアンモナイトさがしがはじまりました。

海に囲まれた我が国らしく、日本は世界的産地の一つ。とくに北海道は世界的にも有数の一大化石産地だ。つまりその道に入れば、一般の愛好家が“大発見”をすることも可能な世界なのだ。

なぜ、アンモナイトは世界中から産出するのか?【コラムリレー第41回】 | 集まれ!北海道の学芸員

 しばらく川原でアンモナイトをさがしていると、いつしかまわりの景色はまったく目に入らなくなり、目線はひたすら川原の石のひとつひとつに集中していきます。そして、耳をすますと、川のせせらぎや鳥のさえずりにかわって、アンモナイトの「ここだよ」という声が聞こえてくるような気がするのです。 

とはいえ、アンモナイト探しは体力勝負だ。崖によじ登ったり、川底の石を箱メガネで調べたり、ツルハシを振り下ろしたり。石を掘り出すんだから、持ち歩く道具だってハンマー始め、玄翁げんのうたがねなど、決して軽いものではない。

石を割って掘り出した瞬間のアンモナイトは、それは素晴らしい輝きを放つらしい。「この輝きを見たいがために、ぼくはアンモナイトをさがしているといってもいいくらいです」と書かれている。しかし、割った直後から空気にさらされるため、みるみるうちに輝きは褪せていってしまう。

本書では触れられていないが、宝石のようなアンモナイトが産出することもあるようで、アンモライトと呼ばれ宝飾品として加工されている。

展示シリーズ 21 レインボーアンモナイト

 

崖や川原のごくふつうの石の中に、こんなにも美しいうずまきと模様があることに、いつもながらおどろかされます。それらは、アンモナイトという太古の生き物と、石を形づくる自然の力、そして長い時間がひとつになってつくりあげた芸術といえるでしょう。

著者三輪一雄氏は、イラストレーターを本業とするだけあって、表紙の造形作品、タイトルロゴから、中のイラスト、デザイン、文章に至るまで絶妙なバランスで作られている。最初ちょっと物足りないなあと感じてしまったけれど、実は多彩な情報が盛り込まれていることがわかる。アンモナイトにハマったきっかけ、採掘の方法、アンモナイトの種類などなど、本当は40ページ以上描きたいような内容だと思うのだが、そこを詰め込み過ぎず、子供たちにわかりやすいようすっきり仕上げている。

使われているフォントがまたポップでかわいらしい。たぶん下記のものだと思うのだが、「の」の字がくるんと独特に巻かれている様が、アンモナイトみたいだ。

【フォント紹介】ウインクスS1+JTCウインS1| ブログ | ニィスフォント | NIS Font | 長竹産業グループ

合わせて読んだのが『アンモナイト学―絶滅生物の知・形・美 (国立科学博物館叢書)』。こちらの著者も、間違いなくアンモナイトに魅せられている一人だ。

「はじめに」で述べられるとおり、確かに「アンモナイトはその名前が広く一般に知られている割りには、その正体があまり理解されていない化石」だ。著者は、アンモナイトを理解するためには、発想の転換が必要なのだという。すなわち、

アンモナイトを石として見るのではなく、生物としてみればよいことである。図版に掲載したさまざまなアンモナイトも、美しい石ではなく、生物としてみればずいぶんと印象が違うはずである。

確かに『石の中のうずまき アンモナイト』でも、太古の海で泳ぎ回るアンモナイトに思いを馳せ、もしかしたら今でも、シーラカンスのようにひっそり生き続けているのではないかと想像をめぐらすシーンがある。裏表紙の写真にも、生きていたときの想像図のようなものが描かれたノートがあって、素敵な雰囲気を作り出している。

しかし、私のように「アンモナイト初心者」にすらなりきれない者にとって、ただの渦巻き石にしか見えない図版の数々から、生物としてのアンモナイトを浮かび上がらせるのは至難の技だ。したがって『アンモナイト学―絶滅生物の知・形・美』の大半にあたる、

第1章 アンモナイトとは
第2章 アンモナイトの生物学
第3章 北海道のアンモナイト

は、何が何やらちんぷんかんぷんで、ほとんど読み解くことができなかった。かろうじて読めたのは、

第4章 アンモナイトを見つけよう
第5章 アンモナイトを調べよう

だけなのを告白しておく。

しかし「第4章 アンモナイトを見つけよう」には、なかなか重要なことが書かれてあって、たとえば、

 アンモナイトは世界中から産出するが、どこでも自由に採集できるとは限らない。天然記念物に指定されている崖や国立公園内での採集は、特別な許可がない限り禁止されている。国有林内にも保安の立場からむやみに立ち入りすることができない。北海道のアンモナイト産地の大部分は国有林内にあるが、研究のための入林には所轄の森林管理者の許可をもらう必要がある。もちろん、私有地の場合でも土地の所有者に採集の許可を願い出ることが礼儀であろう。アメリカやカナダの化石産地の多くは私有地内にあるが、無許可で立ち入ると命を落しかねない。化石採集に出かける前には、事前にどのような許可が必要なのかを調べておく必要がある。(『アンモナイト学―絶滅生物の知・形・美 』120ページより)

情報収集の大切さが説かれている。『石の中のうずまき アンモナイト』でも、下調べが必要なことは触れられていたけれど、児童書だけに、ここまでのことは書かれていない。

化石収集の服装についての注意点も、「上着・ウインドブレーカー」から「ズボン」「帽子・ヘルメット」「靴」「手袋」に至るまで、微に入り細に入りアドバイスが付けられているのが面白い。

アンモナイトの見つかる場所の個々についても、海岸、川や沢、道路の切り割り、工事現場・採石場、高山地域、乾燥地域の6カ所に分け、懇切丁寧に注意点が書かれている。

落石や転落には十分に注意しなければならない。化石のことで頭をいっぱいにせず、つねにまわりの状況に気をくばることが大切である。 (『アンモナイト学―絶滅生物の知・形・美 』124ページより)

とか、

潮の満ち引きの時間をまちがえると、まったく採集できないどころか命を落しかねない事故につながることもあるので、事前に干潮時の時刻を調べておく必要がある。(同124ページより)

とか、

川や沢では足場が悪いため、骨折などのけがには十分注意しなければならない。とくに、重いリュックサックを背負ってる時や夕方薄暗くなった時は事故が起こりやすいので注意を必要とする。(同126ページより)

とか、

 ガレ場は足場が悪く骨折やねんざをしやすいので、足下には十分注意しなければならない。また、崖下での採集や崖を登る際には、落石に十分注意しなければならない。崖上を歩いている人、あるいは崖上で化石採集をしている人がいたら、その下には決して行かないようにしよう。(同127ページより)

とか、

乾燥によってくちびるを傷めることもあるので、リップクリームを塗るなどの対策が必要である。(同128ページより)

とか!実体験に伴うヒヤリ・ハットをまとめたものなのだろうかと、想像してちょっとおかしくなってしまった。

次に、ようやくアンモナイトの見つけ方アンモナイトの採集の方法の説明に入るのだが、ここでも、

地層中にアンモナイトを見つけたら、まず落ち着こう。(同131ページより)

って、やっぱり見つけたときにはなかなか冷静でいられないものなんだなあとか。 

 

本書冒頭には「川下コレクション」の図版が50ページ超にわたって掲載されている。川下由太郎氏が30年以上にわたって採集された、北海道産アンモナイトを中心としたコレクションだ。

化石の美と科学:展示案内 第2部 川下由太郎氏

現物は国立科学博物館に寄贈されていて、一部は日本館3階北で展示されているようだ。科博には何度か足を運んでいて、常設展も見たはずだがアンモナイトは記憶にない。今だったらちょっとは興味もって見られたのになあ。

しかし!本書の出色は図版もさることながら、川下由太郎氏の手記の方だ。本書終盤5ページにわたって自筆原稿がそのまま載せられているが、これが滅法面白い。とくに味わい深いのが、147〜148ページにある「ハイパープゾシア・タモン(図版15)にまつわるエピソード」だ。

とあるアンモナイト化石に興味を覚えた川下氏は「その日も仕事を終え、家に帰らぬまま、まっすぐ現地へ向かった」。まあまあホント、趣味の道をひた走る人らしい行動ではないか。現地林道は工事中、作業員の話では、朝から化石マニアが札幌から訪れていたが、全員追い返されたとのこと。川下氏が来た時は作業終了間近だったため、通行が許されたと書かれている。発掘に夢中になった川下氏は、辺りが暗くなったことも忘れ、足元が見えるか見えないかになるまで作業を続けている。そして、その日見つけた化石は隠しておき、後日運ぶことになる。その後日、運搬に駆り出されたのは川下氏の妻だ。

小滝を渡っている時妻の背負っているリュックの肩紐が、化石の重みで切れ、妻が川へ転がり落ちた時アンモナイトのこぶが足にあたったのか、左足の指が二本折れたらしく、歩けなくなってしまった。私は化石を背負わず、怪我をした妻を車まで背負った。妻は化石より重かった。(同147ページより)

ええ〜っ!って感じである。奥様はそのまま一ヶ月間の入院を余儀なくされ、その後は小言が絶えなくなったとある。当たり前じゃー!そしてその数年後「妻は、私の元から去っていった」。何かに夢中になりすぎて、周りを巻き込んだ人物の末路を見るようである。しっかりした字で書かれたこの原稿の最後、付け加えたかのような適当な字で「化石のトリコになった私 妻に申訳ないと思っている。」と書かれているのが趣深い。こうなると、魅せられているどころでなく、取り憑かれているレベルだ。

ちなみにこの時見つけたアンモナイトは、Hyperpuzosia tamon Matsumoto, Kawashita & Takahashiと学名がつけられ、新属新種として学会誌(http://www.palaeo-soc-japan.jp/download/SP/SP30.pdf)で発表されている。妻と引き換えの栄誉はいかばかりだったろうか?本望かなぁ。

このアンモナイトは、科博のページにも写真が載っている。

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