こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

ロンドンに建ったガラスの宮殿 最初の万国博覧会(第464号)

壮麗な表紙だ。これからどんなお話が始まるのか期待感が高まってゆく。

たくさんのふしぎ」のロゴは重厚な金で彩られ、いつもならデフォルトの文字で作られる「2023年11月号(第464号)」は絵の中に溶け込ませてある。

 

本号は、世界最初の万博をテーマに書かれている。

1851年に開かれたロンドン万国博覧会だ。

ロンドン万博には二人のキーパーソンがいる。

一人はイギリス女王ヴィクトリアの夫であったアルバート

もう一人はチャッツワース・ハウスの広大な庭園を管理していたパクストンという男だ。

この二人の男を中心に話が進められていく。

 

本書の見どころに、それぞれ勝手にタイトルをつけるなら、

  • 王配はつらいよ
  • 美しき男庭師のひらめき
  • うまい、やすい、はやい(やっぱりイナバ 100人乗っても大丈夫!)
  • 経済効果はおいくら万円?
  • 万博の光と影

という感じになるだろうか。

王配はつらいよというのは、当時アルバートはイギリス国民から好意をもたれていなかったからだ。アルバートがドイツの出身の“外国人”であることが原因だ。彼が万博構想をぶち上げたときも、さまざまな理由で反対の声が巻き起こっている。アルバート自身への反感もその一因だった。

おまけに会場建築のデザインもなかなか決まらない。当初発表されたデザインは、専門家やメディアからブーイングの嵐に見舞われた。なんや我が国のどこぞのいろいろ(先の東京五輪とか今話題の大阪万博とか)が思い出されるところだ。

救世主となったのが美しき男庭師のひらめき(※一応ラファエロの絵にかけています)。美しきは庭師ではなくひらめきにかかると思ってほしい。その庭師こそパクストンだ。なんで庭師なのに建築?それは本書を読んでぜひ確かめてほしい。意外なつながりに驚くはずだ。バイオミミクリーの先駆けかな?と思わせるアイディアもある。

デザインが決まったはいいものの、問題はお金と時間。我が国のどこぞのいろいろでも現在進行形で揉めに揉めているが、うまい、やすい、はやいが理想的なのはいつでもどこでも同じだ。我が国のどこぞのいろいろでは「プレハブ工法」という言葉も飛び出してきているが、これはすでにロンドン万博で採用されている工法なのだ。最初の万博と、いちばん近い未来に行われる万博で同じようなことが行われるとは不思議なものだ。

しかし問題は耐久性。稲葉製作所は自社の物置に社員100人を積み、やっぱりイナバ 100人乗っても大丈夫!とその丈夫さをアピールしたが、ロンドン万博においては300人が動員され、床の強度を確かめる実験に駆り出されている。その様子はぜひ本書で読んでみてほしい。

さて紆余曲折を経て、いよいよ、

1851年5月1日、ついに世界で最初の万国博覧会がはじまりました。

万博はタダじゃない。昔も今も見物にはお金がかかる。世界初の万博チケットはおいくら万円したのか!?それも本書を読んでのお楽しみ。今の価値に換算するとけっこうなお値段である。

じゃあ我々のような庶民はお呼びでないじゃん。と思いきや、パクストンの呼びかけが功を奏したのか?庶民でも手が届くようお値下げが実現する。ウィークデイ限定だが、かなりのプライスダウンだ。そこで商機ができた。地方各地から我も我もとロンドン詣でが発生したのだ。万博のための積み立てクラブが流行れば、鉄道会社も応援価格で切符をご提供。本書では触れられていないが、トマス=クックらの旅行代理店もパックツアーを企画し、多くの団体客をロンドンに送り込んでいたようだ。我が国のどこぞも経済効果を見込んでの計画のようだが、果たして経済効果はおいくら万円?になることだろうか。

万国博覧会」は、万国のさまざまな銘品が一堂に会する機会でもある。「まるで歩いて回れる世界旅行のよう」というのは言い得て妙だ。自国では見られない美しいものや珍しいもの、それも一級品がお目見えしているのだ。これは万博の光となり、クリスタルパレスガラスの宮殿を彩っていた。

しかし“自国”であるイギリスの展示物には、大きな影の部分もあった。当時のイギリスは多くの植民地を支配していたからだ。

 力でしたがわせた人びとの文化を、戦利品のように並べて、自分の国がどれだけ強いかをほこりたい。万国博覧会の始まりは、そのような願望とも結びついていたのです。

こうした万博の影の側面は、最後38ページでも触れられている。

国として万博を開く目的はなんなのか?

まさに近い将来、我が国で万博が開かれようとしている。子供たちは、イベントの一つとしてただ楽しみにしていればいい。私が子供の頃、つくば万博を楽しんだように。でも大人の私たちは、万博にもう少し関心を持ち、その意義について立ち止まって考えるべきなのかもしれない。たとえ開催に反対であったとしても。

「作者のことば」で触れられるのは、「男性が中心となって作られた万博」の裏でそれを支えていた女性たちの姿。女王たる人もその一人だ。今や当時と事情は異なり、女性は男性と同等の権利を持つに至っている。じゃあこれから開かれようとしてる万博もさぞや……と思いきや「会長(代表理事)」「事務総長(代表理事)」「副会長(理事)」の主要役員には、ほとんど男性と思しき名がずらり。その下の「理事」のところが女性で占められているのは何かの冗談だろうか?ここに女性を充てることでジェンダー平等を達成した!とでも言いたいのだろうか?

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