こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

おいかけっこの生態学 キスジベッコウと草むらのオニグモたち(第364号)

すれちがいの生態学 キオビベッコウと小道の虫たち』の主人公が「キオビベッコウ」なら、こちらは「キスジベッコウ(キスジクモバチ)」という別のクモバチのなかまだ。名前の通りこちらもクモ狩りをするハチで、コガネグモ科のクモを獲物として狩るらしい。本書は「キスジベッコウが河原(簾舞)のどこでどんなオニグモに出会い、どんなふうに狩っているのか。そして、それぞれのハチがどんな一生をおくっているのか」ということをテーマに書かれている。

観察の取っ掛かりはこうである。

 7月下旬のお昼すぎ、河原はまぶしい夏の光でいっぱいだった。ぼくは、キスジベッコウに出会えないまま、もう数時間も、双眼鏡を片手に河原をうろうろしていた。

研究者というのは、体力がないと続かないものだとつくづく思う。集中力、思考力、制御力(気長に待つ力)の源はみな体力だからだ。とくに自然相手の観察は、待つ力を相当に要求されるものだ。「ダーウィンが来た!」の30分間の背後には、番組を作るための取材時間がどのくらい隠されているのだろうと思うと、「残念ながら今回は撮れませんでした」というナレーションも、致し方ないものだと納得できる。

この日はその後、遠藤氏にとっては幸いにして、ハチにとっては不幸にも、一匹のキスジベッコウのメスが捕まったのだった。左翅に白いペイントを二つ施され、再び野に放たれたハチは、作者によってホワイトホワイトをもじった"ホアンホアン(ある年代以上の人はパンダを思い出すだろう)"と名付けられ、観察を始められることになる。

ちなみに、獲物とはいっても、キスジベッコウの成虫はクモを食べるわけではない。エネルギー源としては、花の蜜を吸って暮らしている。クモを食べて育つのは幼虫のうちだけだ。獲物のクモは、人間でいえば母乳とか離乳食代わりなわけで、したがって狩りをするのもメスだけということになる。

クモをよく見ると、おなかの右上に赤いペイントマーカーの点がついていた。心のなかで「やった!」と声をあげていた。ぼくはハチだけでなく、この河原で網を張っているアカオニグモにも、印をつけていた。ホアンホアンがつかまえてきたクモは、この日までに印をつけた40匹のアカオニグモのうちの32番であることが、印から読みとれた。

どのくらいの範囲で作業を行うか、ということは経験と知識で決められることなのだろうが、にしても、狭い範囲とは思えないところで、見つけたクモに個体判別できるような印を付けるというのは、かなりの根気を要する作業であることは確かだ。

印を付ける作業はそればかりではない。キスジベッコウが作った巣穴にも目印が必要なのだ。「ハチたちは、穴を掘る場所、時間に強くこだわっていた」ということなので、同じような場所、時間を目安に行えば良い作業とはいえ、ハチの巣の完成はすっかり日も暮れた20時や21時。赤いセロファンで覆った懐中電灯を片手に、夜の河原での作業になる。

こうした地道な作業と観察の結果、1年目に記録できたのは「どのハチがどんな種類のオニグモを狩ってくるか」ということ。河原にいる大型のオニグモのなかまは、どれもキスジベッコウの獲物として狩られていたが、それぞれのハチで「好み」のような傾向が見られたという。アカオニグモばかりを狩ってきたハチ、キバナオニグモ専門の個体、2種類以上狩るハチでも、違う種類のクモを日替わりで狩る例は少なかった。この結果は単なる偶然によるかたよりなのか?それとも好みこだわりのようなものなのか?そしてそれは、親から伝わったものなのか?

その答えを探るには、クモ狩りの様子を観察する必要があるのだが、あちこち飛び回るベッコウバチの狩りの観察は、あのファーブルでさえ成功したとは言いがたいものなのだ。しかし謎を解くためには、実験室で人工的にクモ狩りをさせるのではなく、河原での観察が不可欠となる。作者は観察の季節が始まる前に3つの作戦を立てる。どれもこれも、気力体力集中力を要する、読んでいるだけでクラクラしてくる作戦だ。

「作戦1●オニグモ草むら地図」は、河原で網を張っているクモをみつけて、かたっぱしからマークをつけるというもの。さすがに種類は獲物になりやすい3種にしぼるが、マーカーで印を付けつつ、クモのいた場所を地図に記録する。ちなみに、フィールドの広さはたて300メートル、よこ400メートルほど。けっこう広い…。

「作戦2●実況中継とテープレコーダー」もまたすごい。ハチが巣作りする砂地を中心にパトロール、脚立による監視を続け、ハチを見つけたら、テープレコーダーを片手に「実況中継をしながらとにかく全速力で追いかけて草むらをつきすすむ。ノイバラやニセアカシアのとげであちこち傷だらけになるがかまってはいられない。」

「作戦3●世代をつなぐ虫とり網」は、河原のキスジベッコウ一族の家系調査。さなぎが羽化していない去年のキスジベッコウの巣の上に目の細かい網をかぶせる。そうして仕掛けたあちこちの網(巣穴)を毎日見回り、羽化しているハチをつかまえて、マークをつけて放す。羽化した時から観察できれば、ハチの一生の記録がとれるし、巣の持ち主(母親)は、記録してわかっているので、母娘でどんな共通点や違いがあるかがわかるという案配だ。

これらの作戦による観察によって、どんな大河ドラマを見ることができたのか?そしてどんな結果がわかったのか?それはぜひ、本書を読んで確認してみて欲しい。なにしろ10年間の観察のエッセンスが、たったの40ページで読めるのだ。 なんという贅沢な絵本だろう。

「作者のことば」では、こんなことが書かれている。 

 5年まえ、前作*1をつくるときに、この絵本の舞台となっている北海道のフィールドにアカオニグモの取材にでかけました。河原を訪れたのは、ほとんど20年ぶり。そこで見た河原のさま変わりは衝撃的でした。木々が鬱蒼としげり、ササが一面を密におおって、足を踏み入れることさえままなりません。ホアンホアンの丘は言うに及ばず、ハチが巣をつくっていた場所もほとんどわからなくなっています。これでは、キスジベッコウはやっていけません。(略)

 現実には、キスジベッコウは、人間による自然の改変、あるいは人間が速めた自然の変化のスピードに追いつけず、日本の各地で幻のハチとなりつつあります。私も北海道を離れてから、あちこちを探しましたが、見つかりませんでした。今回の絵本の取材でも、キスジベッコウがいるという河原で、あちこちの砂地を見てまわりましたが、やはり会うことはできませんでした。いったい、キスジベッコウはどこにいってしまったのでしょうか。もう一度、あのこだわり屋で、でも、しなやかなハチたちに出会いたいものです。