こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

アマガエルとくらす (たくさんのふしぎ傑作集)(第168号)

この本は、となり町の子供遊び場に出かけた時、そこの絵本コーナーに置いてあったものだ。暑さの残る秋の日、鉄道高架下の遊び場は、風がほどよく吹き抜けとても気持ちがよかった。近隣の公園でもいつだったか、絵本を展示していて自由に読めるというイベントがあったが、過ごしやすい日に自然の中で本を読むというのは思った以上に楽しいものだ。

カエルに興味がないので、ここで出会わなかったら、手に取ることはなかったかもしれない。上記の公園イベントもそうだったが、人が作る絵本コーナーというのは、思わぬ本との出会いがある。 Amazonのおすすめ商品を芋づる式にクリックしていくのも悪くはないが、しょせんは好みを解析した上でのおすすめ。興味をもつのは当たり前、意外性はない。しかし、人のおすすめというのは、そのテイストが好きか嫌いかは別として、違う「文化」を見せてくれるものなのだ。Amazonはすすめてこない、リアル書店でも手に取らない、そんな本を読んでみようかなと思わせるのが「人のおすすめ」である。ましてやそれが、自然の中に置かれているとなれば、気持ちのハードルはグッと下がる。

 

本書は、14年もの間アマガエルと暮らし続けた日々を綴ったものだ。ある日、洗面所の流しにやってきて、住み着いてしまったカエルを世話するところから始まる。何匹か世代交代するうちに、子供やお父さん(作者の夫)も関わるようになり、家族みんなでカエルをかわいがる様子が見えてくる。

ふつう、カエルが家に入ってくれば、外に追い出すのがセオリーだ。しかしこの人もムクドリのお母さんと一緒。「やっぱり家におこう」とかいって、カエルと暮らし始めてしまうところが面白い。何かもう「たくさんのふしぎ」を読んでいると、普通というのがどういうものなのかよくわからなくなってくることがある。カエルは、

5月のさわやかな風を入れようとあけておいた、洗面所の小窓から入り込んだ

……自然と近い暮らしをしていれば、外の生き物に対する「気持ちの障壁」もなくなるのかもしれない。しかし、実のところ、作者はこう告白しているのだ。

 やがて夏も過ぎ、またカエルはいなくなってしまいました。わたしは、洗面所がすっかりさびしくなってしまったように感じました。わたしは家にいて、お父さんと息子の帰りをまつ毎日をおくっていました。まだあまり、ご近所に知り合いもなく、訪ねてくれる人も少ない、そんなくらしをしていたのです。

さびしさからカエルと友だちになったのだろう、と書いてしまうと何だか違う感じもするが、カエルが、知り合いもいない土地での生活の、大きななぐさめになったことは想像できる。

わが家のメダカたちにもこれくらいの情をかけてやりたいもの。しかし、カエルのように「わたしのひざにとびついて」くるような、情が通じたと思われるふれあいは、メダカとはむずかしい。ほどほどの距離感でこれからも付き合うことになるのだろう。

アマガエルとくらす (たくさんのふしぎ傑作集)

アマガエルとくらす (たくさんのふしぎ傑作集)