こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

まぼろし色のモンシロチョウ 翅にかくされた進化のなぞ(第423号)

モンシロチョウの翅、白くてそこに黒い点があるだけだと思っていないかな?

はい、思ってます!

まぼろし色」とは何か?

オスとメスで別種と誤解されるほど外見が異なる虫とは違い、モンシロチョウのオスとメスの見分けはほとんどつかない。それでもオスは迷うことなくメスを見分け、交尾をおこなうのだという。オスはなぜ、狙った個体がメスだとわかるのか?モンシロチョウは、紫外線領域の視覚を持つ虫。メスの翅にはその紫外線を反射する鱗粉が付いているのだという。人間の眼にはオスと同じに見えるモンシロチョウのメスも、当のオスからしたら一目瞭然というわけだ。「まぼろし色」とは、そのメスの翅だけにある色のこと。人間には見ることができない色、ということで「まぼろし色」なのだ。

この発見をした研究者こそ、著者の小原嘉明氏だ。

しかし、ここで終わる「たくさんのふしぎ」ではない。この話で終わるならわざわざ「まぼろし色」なんて言い換える必要はない*1し、そもそもこれは子供向けの昆虫図鑑にも載っているくらいには、知られている話だ。

紫外線カメラで見たモンシロチョウ-中学 | クリップ | NHK for School

「子供向けの昆虫図鑑にも載っているくらいには、知られている話」と言ったが、本書を読み進めると驚愕の事実(私にとって)が判明するのだ。

イギリスのモンシロチョウのオスは、オスとメスの区別がつきませんでした。

なんと!

なぜ区別がつかないのかといえば、メスのまぼろし色(紫外色)がすごく弱いから。メスが一目瞭然というのは、日本のモンシロチョウの話なのだ。

小原氏がケンブリッジ大で実験すると、イギリスのモンシロオスは、メスだけでなく、他のオスにもアプローチをかけ、挙句死んでいるオス相手にさえ行為に及ぼうとしていたという。メスと間違って魚にすら抱きつくナガレタゴガエルや、カルガモでもいいやとばかり異種のメスに乗っかっちゃうマガモには負けるものの、なかなかの節操無しっぷりだ。

間違ってアプローチされたイギリスモンシロオスは、羽ばたいて拒絶の意思を示す。これで見分けるというわけだ。道理で死体にも向かっていくはずである。外見でわからない以上、狙いを定めるより、数撃ちゃ当たる方式で行くしかないのだ。

日本とイギリスで違う、そうなれば他の場所も調べてみたくなるのが、研究者というものだろう。

 日本とイギリスでちがうメスの翅の色。つぎに私は両国のあいだに横たわるユーラシア大陸のメスはどんな色をしているのかを調べていきました。そのためにヨーロッパから中央アジア、東アジアまでの各地でモンシロチョウを採集しました。(本文より)

アフガニスタンあたりにも行きたかったらしいが、

当時は紛争中で行けず。研究は社会情勢と無関係ではありません。

今や世界中の研究者たちが「社会情勢」に巻き込まれている。滞ってしまっている研究もたくさんあることだろう。

 

モンシロチョウのオスは誰からも教わらないのに、どうしてお嫁さんが分かるのだろうか。(「作者のことば」より)

という、作者いわく「単純な疑問」から始まった研究が見せてくれるのは、モンシロチョウの翅にまつわる、壮大な進化の旅路だ。その旅路はこの研究で終わるわけではなく、地球上にモンシロチョウがいる限り、続いていく物語なのだ。

学校で教わることは多くの科学者たちの研究で分かったことで、疑問の余地がないとか、それに比べると自分が考えていることはちっぽけだと思っているのかも知れませんが、そんなことはありません。(「作者のことば」より)

この本で作者が伝えたかったのは、自分の研究そのものだけではない。「翅にかくされた進化のなぞ」は、まだまだあるのだということ。「多くの科学者たちの研究で分かったことで、疑問の余地がない」ように見えることでも、多くの謎が残されていること。そして謎を解くのは今これを読んでいる子供たち自身なのだということ。そのためには今持っている科学的好奇心を決して失うなと、叱咤激励している。

親としては、帰宅早々双眼鏡とカメラを引っ提げて飛び出してゆく我が子*2に、「宿題はどうしたあ!」と声を張り上げたいのはやまやまなのだが…。科学的好奇心ならぬただの好奇心も大事にしてやるべきなのか、中学入学を来年に控え「学校で教わること」の遅れは取り戻せるのか、悩みは尽きない。

*1:と思ってたら、科研の研究課題名にもちゃんと使われていた!「たくさんのふしぎ」用に改変した言葉ではなかったのだ。

*2:趣味は野鳥観察。下校中コムクドリを発見したので撮りに行くという。学校ではカッコウの声が気になって授業に集中できないとのこと…これはこれで幸せか?!