こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

ジャンプ! ムツゴロウどろ干潟でとぶ(第190号)

昨年のゴールデンウィーク初日は、谷津干潟に行きたいという子供のリクエストに応え、都心方面へ車を走らせていた。

中央道上りの交通量は通常の土日と比べてちょっと多いかなという程度。一方、下り車線は車、車、車……この地点でこれなら、いったいいつ目的地に着くのだろうと空恐ろしくなる。渋滞を尻目に都心を抜ければ、今度はこちらが下り。千葉方面の混雑は予想していたものの、3車線ぎっしりに詰まってじりじり進む様にため息をつきたくなった。

やっとのことで着くが早いか、子供は双眼鏡とカメラを下げて車を飛び出して行った。追いつく頃には、もうレンジャーの方から情報を得て、一緒に観察に勤しんでいた。「ムナグロが来たんだって!!」興奮した口ぶりでスコープをのぞいている。

ムナグロがあらわれたスポット近くに移動すると、双眼鏡やらどでかいカメラやら構えたバーダーがここかしこでレンズを向けている。そんな中、ひとり気のない風にたたずむ母親に業を煮やしたのだろう、「ほらほら、干潟にムナグロが来るのは珍しいんだよ、もっと見てよ!」と叱咤されてしまった。シギチ(シギ科とチドリ科鳥類の総称)など、どれもこれも似たような風貌ではないか……。識別などとうの昔にあきらめた。どちらがムナグロでどちらがダイゼンだというのか。遠くから見たらどっちも一緒だよ。

お昼を食べた後は歩き回る気力もなく、子供は放って自然観察センターでのんびり過ごすことにした。地下階には図書閲覧コーナーがあり、自然と生き物に関する本が取り揃えてある。そこで見つけたのが、この『ジャンプ! ムツゴロウどろ干潟でとぶ』だ。

 

この本の主人公は、タイトルどおり、ムツゴロウ。何しろ全40ページ中、ムツゴロウが写ってないのはたったの5ページ。表紙、裏表紙、見返しにもムツゴロウ。

「作者のことば」にはこんなことが書かれている。

 まずは、じっくりたっぷり、どろ干潟ではねるオイたちの元気な姿を目に焼きつけてほしい。福田さんが二十年かけて撮影した“目線はどろの上0m、ムツゴロウの目の高さ”とこだわった写真で、ふむふむこんなやつかと納得してほしい。有明海について干潟について語るのは、それからだ。(本号「作者のことば」より)

有明海について干潟について語る」というのは、諫早湾干拓事業にともなう影響の話だ。ムツゴロウは「諫早湾自然の権利(ムツゴロウ)訴訟」の2回の訴訟*1で、住民側のシンボルとして原告に名を連ねている。長崎県国営諫早湾干拓事業を巡り、干潟に生息するムツゴロウなどの生物、それらの代弁者として地元住民などが国に事業差し止めを求めたものだ。ちなみに「原告」のなかには、ムツゴロウのほか、諫早湾、ズグロカモメ、ハマシギ、シオマネキ、ハイガイなどの名前もある。

有明海について、干潟の保護について考えるのも大事なことだ。

でも『ジャンプ! ムツゴロウどろ干潟でとぶ』は、ただ無心にムツゴロウの姿を追って、その魅力を伝えることに注力している。こんなに素敵なムツゴロウの絵本があるだろうか。どのページのムツゴロウも愛らしく、生命力に満ちあふれている。最後のページの、夕暮れに跳ねるムツゴロウは最高だ。心地よい余韻が残る。読んだら絶対、ムツゴロウを見に行ってみたくなる。

ちょうど初夏、今ごろムツゴロウたちは、どろ干潟で元気に飛び跳ねていることだろう。

*1:1回目は1996年提訴、2005年原告敗訴。2回目は2000年提訴、2008年原告敗訴。

http://www.f-rn.org/images/pdf/isahayawan-gaiyo.pdf