こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

地下にさくなぞの花(第186号)

『地下にさくなぞの花』は、なんの予備知識もなければ、知らないまま読んだ方が断然面白い。私自身一人の子供にかえって、ワクワクしながら読み進めたからだ。「地下にさく花」というワード、表紙の写真にピンと来なかった人は、ぜひともこのエントリーを見ずに読んでほしい。絶版だし、古いので図書館でも見つけにくいかもしれないが……。

詳しい内容紹介を読みたい方は「続きを読む」からどうぞ。

 

始まりは、作者が小学生のとき。となりのおじさん*1から、

「オーストラリアには、地面の下でさく花があるらしい」

という話を聞いたことがきっかけだった。おじさんは花についての疑問をつぶやきながら、こういうものかも?という絵を描いてくれた。

 おじさんはじっと考えこんだまま、絵を描くのをやめてしまいました。

 ぼくは、おじさんの未完成の絵をもらって家に帰りました。

 いつかきっと、この花をさがしだして、そのなぞを解いてやろう。絵をながめながら、ぼくは心に思ったのです。

「いつかきっと」から、40年あまりの年月がたった。あるとき作者は、花と昆虫の写真を撮りに西オーストラリアへ向かうことになる。おじさんが教えてくれた「地下でさくラン」を見つけることはできないだろうか……と思いながら。

旅のとちゅうで会った宿のご主人から「西オーストラリアにあるはずだ」という話を聞いたものの、それ以上のことはつかめず、いったん帰国することになる。

「地下でさくラン」のことは不明だったものの、この時の撮影で出会ったランもかなり興味深いものだ。

たとえばハンマー・オーキッド。こいつは、花の一部をメスバチに似せてオスをおびき寄せ、花粉を擦りつけて運び屋に仕立て上げる策略家だ。メスと勘違いして花の一部に飛びついたオスは、抱きかかえたまま飛び立とうとする。すると抱きつかれている花がハンマーのように持ち上がり、花粉がある場所に突っ込んでいくという算段だ。哀れなオスは一度ならず何度もそれを繰り返す。無事、背中に花粉を背負わせることができるというわけだ。

この動画↓の0:25あたりから見ると、ハンマーに振り回されるハチの様子がよくわかる。

Richard Dawkins: bees and deceitful plants (1991)

オスがメス(と勘違いした花の一部)を抱きかかえたまま飛び立とうとするのは、このハチのメスには翅がないからだ*2。オスはメスを持ち上げて交尾しながら飛行する。交尾しながら食事(花の蜜)するし、メスに蜜を分け与えたりもする。ウィキペディアの記事を参考に調べてみると、どうやらThynnidaeアゴバチ科)のハチで、beetle(甲虫類)の幼虫に卵を産み付ける寄生バチらしい。

ドラゴンヘッド・オーキッドの方は、メスバチの性フェロモンと似た物質を出して、オスを引きつけるという。こちらもやはり、メスと思って花の一部を持ち上げようとしたところ、回転して花粉のある部分に突っ込んでいくという仕掛けになっている。このハチ、本文では「日本にもいるツチバチによくにています」と書かれているので、"Scoliidae(ツチバチ科)" と "Caladenia drakeoides" で調べてみた。しかし関連が強いのは、こちらもThynnidae(アゴバチ科)のようだ。いろいろ調べているうちに行き着いたサイトで、まさに本号に載る山口氏の写真があったのには驚いたが*3。 

 

このはじめの渡豪では、変わったランたちの他に、もう一つ大きな収穫があった。「オーストラリアで手に入れた植物の本*4」だ。そこに書かれたランの研究者の名前を見つけるやいなや、「地下のラン」についてすぐさま問い合わせの手紙を出す。2週間後、無事返信を受けとった著者は、その研究者、アンドリュー・ブラウン博士に話を聞くために再び西オーストラリアへと向かう。

時期は12月。真夏のオーストラリアで、ブラウン博士が連れていってくれたのは、最初の渡豪でハンマー・オーキッドを見た場所。前回は春だったが、夏のいま、別のランが咲いているのだ。その名はスリッパー・オーキッド。やはり、メスバチの性フェロモンと似た物質を出してオスを引きつける花だ。今度は、花の一部を持ち上げようとして花粉を付けられるのではなく、事に及ぼうとして花粉の塊を引っ付けられる。このハチはどうやらLissopimpla excelsaというヒメバチ科の寄生バチであるようだ。

もう一種博士が紹介してくれたのが、エルボウ・オーキッド 。性フェロモンで引きつける、偽メス(花の一部)を連れ去ろうとするところまでは同じ。今回は飛び立とうとして花粉の在処に突っ込まされるのでなく、花のひじ(エルボウ)状の部分に引っかけられ、逃げようともがくうちに花粉をくっつけられるという、まさに凄技だ。この哀れなオスもThynnidae(アゴバチ科)のハチらしい。なんせ、エルボウ・オーキッドは花崗岩の上の浅い土壌に育ち、クソ暑い真夏に花を咲かせるのだ。照りつける太陽のもと、乾燥きびしい岩の上でじっとハチを待つ。オスバチをひっかけるエルボウは、この機会を逃してたまるかという執念のカタチなのだ。

そろそろ、ハチの話をしてるのか、地上のランの話なのかわからなくなってきたが、本題はもちろん「地下にさくなぞの花」だ。後半ちょうど半分、20ページを費やして「地下でさくラン」探しの様子が描かれていく。

季節は変わって冬、5月。ブラウン博士から連絡を受けた作者は、三たびオーストラリアへ向かう。「地下でさくラン」はなんと冬に花を咲かせるのだ。

探すといっても「地下でさくラン」は、とても見つけるのがむずかしく、ほとんど偶然にしか見つからないのだという。ブルーム・ブッシュという木の根元で見つかることはわかっているが、二人で探し始めて4日間、暗くなるまで探してもやはりなかなか見つけることができない。おまけに根のきわには、細い枯れ葉があつく積もり、かき分けようとする手を傷つける。

しかし、ブラウン博士は根気強い。研究者というのはこうでないとつとまらないのかもしれない。

 4日めの夜、ホテルのレストランでしずかにコーヒーをのんでいるとき、ふとブラウン博士の手を見ると、切りきずだらけです。

 「もう500本以上のブルーム・ブッシュをしらべたね」

 博士はそう言いながら、つかれたようすも見せずにほほえみました。

 5日めの朝にようやく見つかったものの、それは、地下にあるものではなかった。

 しかし、ぼくはちょっと不満でした。これでは地下というより、地表と言った方が正しい気がします。

博士によると、地下で咲いていたものが、成長して地表に出てきたものなのだという。

地下で咲いてるものが見たい……。

それにはさらに、小さな穴がポツンと空いているところを探さなければならないのだ。 

 それから2日間。ぼくたちはブルーム・ブッシュの根元の枯れ葉をそっとかきわけては小さなあなをさがすことをくりかえしました。

 3日め、ぼくがいいかげんいやになったころ、ブラウン博士の元気な声がしました。

「あったー!」

 声のほうに走りよりながら、ブラウン博士はなんてすごい人なんだ、と感心せずにいられませんでした。

あった、って言っても、写真をみると本当に小さな穴なのだ。作者じゃないけどホント、よくこんなもん見つけられるという感じだ。

しかし、地下のランは「絶滅があやぶまれている貴重な種類で、かってに掘ることは禁じられている」。掘ってもいいとゴーサインを出した博士は、作者のために特別の許可を取っておいてくれていたのだ。

「おじさん、とうとう見つけましたよ」

 40年前、この花の話をしてくれたおじさんのことを思い出し、心の中でそうつぶやいていたのです。 

この「地下にさくなぞの花」は、リザンテラ・ガルドゥネリ。ブルーム・ブッシュの根につく微生物から栄養をもらって生きているという。光合成はしないので葉っぱはなくしか持たない。上で飽きるほど「花粉の運び屋」の話をしたが、リザンテラについては、まだよくわかっていないようだ。本文では地下のアリ、もしくは冬にも飛ぶハエでは?と書かれているが、小さなハチが関わっているかもという説もある。

 

ハチたちを利用するランの話、「地下でさくラン」を見つけるまでの物語、そしてリザンテラ・ガルドゥネリの生きざまについて……盛りだくさんで興味が尽きない40ページだった。どうにかしてムシを利用してやろうという寄生バチの戦略もすごいが、どうにかして花粉を運ばせたろ、というランたちの進化もすごい。そして、なんで地下に?なんで冬に咲く?という「地下にさくなぞの花」の謎っぷりときたら極め付きだ。本当に作者曰く、

 そして、地面の下に、もうひとつの世界が広がっていることを知って、地球がさらに広くなったように感じたのです。

レンズの向こうの生命の時間 | 化学物質でつながる昆虫社会 | 季刊「生命誌」 | JT生命誌研究館

*1:おじさんからもらった、“今でも宝物”である本の写真も載っているが、そのなかの一冊が、

だ。中西悟堂は野鳥研究家で日本野鳥の会の創設者でもあるが、この「少年博物館」シリーズを一人で書き上げたらしい。

【虫嫌いも必見】昆虫愛の原動力──あの日のあの虫をもう一度!|今日のおすすめ|講談社BOOK倶楽部

そのほか、

  • 加藤正世(1948)『昆蟲の生活研究』研究社
  • 石原純(1941)『私達の日常科學』(新日本少年少女文庫 6)新潮社
  • 中路正義(1942)『お庭の植物研究』(少國民・理科の研究叢書)研究社
  • 原田三夫・松山思水(1931)『アフリカ探検』上・下(世界探檢全集, 第5巻, 第6巻)万里閣書房

などの本が写っている。

*2:ぼくが見たハチ(第161号)』で紹介した『寄生バチと狩りバチの不思議な世界』によると、翅を失うのはハチの世界ではメスの方が多いようだ。翅をもつオスはメスよりも大きめサイズ。本号のハンマー・オーキッドのハチもオスの方がずっと大きい。

*3:

www.researchgate.net

ポップアップが出るかもしれないが無視してOK。"Thynnoides"と見出しがついたページに"Caladenia drakeoides (Susumu Yamaguchi)"とキャプションがついた写真がある。PDFだと8ページ目。

*4:"Orchids of South-West Australia"の改訂前のバージョンだろうか。