こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

虫の生きかたガイド(第145号)

色数が多いわりに、地味にみえる表紙。なかを開ければ一転、すごくにぎやかな世界が広がっている。あべ弘士ならではのイラストだ。

構成はシンプルだ。

見開き左ページは、ページいっぱいフルカラーで彩られたパワフルなイラスト。

右ページは、解説とメモ的なイラストと豆知識的なものが、雑多に詰め込まれている。見出しは太字の色字で、中身は手書き含め、フォントサイズや種類の異なる字を使い分け、「虫の生きかた」に関するさまざまなな知識が目一杯紹介されている。

同じ虫に関わる本でも『皮をぬいで大きくなる(第121号)』のシンプルさとは対照的だ。 

一方、共通するのはどちらも「絵本」であるというところ。昆虫関連の本なのに、ただの一枚も写真を使わず、あくまで絵で表現する。ここが「たくさんのふしぎ」らしいなあと思うのだ。1985年創刊から当初、「たくさんのふしぎ」には「かがくのとも」小学生版という副題が付けられていた。「かがくのとも」は絵本だから、「たくさんのふしぎ」も、基本的には絵本という枠組みで作ることを目指したのかもしれない。

たくさんのふしぎ」対象の中心年齢である、小学校中学年ともなれば、虫好きの子は大人向けの専門図鑑などに手を出しているだろうし、そうでない子は虫の絵本など読まなくなっていることだろう。興味の対象がある程度定まってきている子供たち向けなのにかかわらず、興味の対象ではないかもしれない子供たちにも向けて配本する。「たくさんのふしぎ」の月刊絵本というスタイルは特異なものなのだ。子供向け科学雑誌なら「子供の科学」もあるけれど、「たくさんのふしぎ」は、1冊で1トピックに限られ、絵本スタイル、しかも扱うのは理系科学とは限らない。世の中に「たくさんのふしぎ」のネタが尽きることはないけれど、子供向け絵本に仕立てるとなれば話は別だ。40ページ/48ページという制約で、どう子供たちに紹介するか、どう興味をもってもらうか、興味のある子ばかりでないからこそ、工夫の必要があるのだ。

たとえば、本号4〜5ページの「地球は虫であふれている。」。

地球上の「虫」の総体重は、「ヒト」の総体重の15倍にもなるという。

それでゆくと、体重50キログラムのヒトひとりにつき、750キログラムの虫がいる計算になる。

ミツバチくらいの大きさの虫だと、1キログラムで8000匹はいるから、750キログラムなら600万匹。

ヒトひとり当たり、何百万匹の虫がいるというわけだ。

こんな“おかしな解説”はフツーの昆虫図鑑に載ることはないだろう。

10〜11ページの「かたい皮ふは、伸びない。そこで、ときどき皮をぬいで、大きなものにとりかえる。」では、 

 一生のうちに、何べん脱皮するか、いっぺんの脱皮でどれぐらい大きくなるかは、その虫によってちがっている。

 たとえばカイコは、4回脱皮したあとには、生まれたときより長さにして25倍、体重にすると1万倍も大きくなる。

こちらも数字を使い、自分たちの身体に置き換えて想像できるように書かれている。

こういうの、フツーの子供図鑑にも載ってるかも?と思い、家にある『昆虫 (講談社の動く図鑑MOVE) 』を見てみると、そもそも「昆虫って、なに?」と集中して解説されているのは、ほんの2ページほどなのだ。「昆虫のグループ」「昆虫の体」という、ごくごく基本的な項目だけだ。まあMOVEシリーズは、ヴィジュアル中心のコンセプトで作られているからだろうが……。 

「昆虫」全体に共通することを概観しつつ、個別の虫での具体例も適切に紹介する。図鑑のようにかしこまって書かれるのではなく、くだけたテイストでコミカルに描かれる。しかも内容はわりと本格的。なかなかこういう本ってないよなあとつくづく思う。月刊誌は「たくさんのふしぎ傑作集」としてお色直しされない限り、ほとんど読み捨てられ絶版になる運命にある。この“軽さ”が「たくさんのふしぎ」の持ち味だと思う一方、時間をかけてていねいに作られているのに、数年で消える運命とはなんとももったいないことだなあと思ってしまうのだ。

34〜35ページは「こんなふうに虫がいろいろなのは、すみかや食べもの、季節など、まわりの環境に合わせて自分を変えてきたからなんだ。

まわりの環境に合わせ変化した例として、アカイエカとチカイエカの関係が挙げられている。

 今から50年前に発見されたチカイエカは、そのいい例。 

 アカイエカが変化してチカイエカがうまれたのは、人間がビルをたてるようになったあとのことだから、変化するのに、そんなに時間はかかっていない。(『虫の生きかたガイド』より)

先日読んだ『都市で進化する生物たち: “ダーウィン”が街にやってくる』によると、ロンドン空襲の際、地下鉄構内に避難した市民たちは、この厄介な蚊によって大きな被害を受けたのだという。その後1990年代、ロンドン大学の遺伝学者(Katharine Byrne)が、この「ロンドンチカイエカ」の驚くべき生態を明らかにする。地下で生活するこの蚊は、地上で暮らすアカイエカとは、遺伝的に異なる*1ばかりでなく、その暮らしぶりまでもが変わっていたのだ。

アカイエカは、ふつうヒトではなく鳥から吸血し、血を吸った後にはじめて産卵することができる。大きな群れを作って交尾し、冬になれば活動を停止する。一方、チカイエカのエネルギー源はヒトの血、しかも吸血前に産卵することができるのだ。狭く限られた空間で暮らすため、交尾のための群れは作らない。おまけに、あたたかな地下では冬眠の必要がないため、活動を止めることもない。

(略)わたしたちはこれまで、進化とは、何百万年もの時間をかけて、感知しえぬほどの緩慢さで種を形成する、ゆっくりとした変化—したがって、人間の都市の歴史程度の短い時間ではとうてい起こりえないこと—であると教わってきたのに、地下鉄カがはっきり教えてくれたことは、進化がたんに恐竜や地質学的時間の問題ではないという事実だったからである。進化とは、実際、いまここで・・・・・観察することが可能な現実なのである。(『都市で進化する生物たち: “ダーウィン”が街にやってくる』14ページより)

まさに「アカイエカが変化してチカイエカがうまれたのは、人間がビルをたてるようになったあとのことだから、変化するのに、そんなに時間はかかっていない」と書かれているとおり、虫の進化のスピードは想像以上の速さで進んでいるのだ。

『虫の生きかたガイド』では、

もちろん、より環境に適したものがあらわれるまでには、気が遠くなるような回数をくりかえさなければならないんだけど。でも、それにしたって虫は、人間より何十倍も早く、世代交代することができる。つまり変わりやすいというわけだ。(『虫の生きかたガイド』より)

と書かれている。しかし『都市で進化する生物たち』が明らかにするのは、変わりやすいのは虫だけではない、ということなのだ。虫以外の生きものも、想像以上の速さで進化がすすんでいるというのだ。人間と、人間がつくり出した環境に適応することによって。各地で都市化が進み、目まぐるしく変化する環境で、生き残りをかけた“サバイバルゲーム”に参加しているのは、虫たちだけではない。環境に適応あるいはうまく利用するためには、気が遠くなるような回数を重ねてる場合ではない、ということなのかもしれない。

ネブラスカでのサンショクツバメの研究では、環境の都市化にともなって、30年という短い期間でツバメの羽が、5ミリほど短く「進化」したことが、明らかにされている*2。5ミリというちっぽけな変化だけで、30年もの間に、ツバメの交通事故死が90%近くも減少していたのだ。そして不運にも交通事故死したツバメの翼は、5ミリ程度長い傾向にあることも判明している。

この本で紹介されるのは、環境変化への順応という話だけではない。都市化にともなって変化した人間の生活もうまく利用してやろうという強かな戦略も「進化」として取りあげられている。走る自動車をくるみ割りに利用するカラス*3、人間とカラ類の、牛乳をめぐる攻防戦*4などなど。これらは、単なる行動の模倣であって、進化とは関係ないと思われることだろう。しかし、都市部に適応し生活するためには、好奇心旺盛で未知にも果敢にチャレンジする性質が欠かせないというのだ。自然度の高い環境においては、保守的な行動をとる方が安全だ。人間が施す工作物も罠や防護柵など害をあたえるものが多い。一方、都市部においては、絶え間なく変化する環境で柔軟に立ち回り、さまざまにチャレンジした方が、リスクを上回るメリットを得られるのだ。「都会の絵の具に染まれる」者だけが、より良い生活を得られるというわけだ。“田舎育ち”のバルバドス・ブルフィンチと“都会育ち”のバルバドス・ブルフィンチとの違いを比べる実験*5は、なかなかに興味深い。

本書は、人間の作り出す都市環境も自然のものとしてとらえようというものだ。たとえば、アリが作り出す環境を利用して生活する「好蟻性生物」がいるように、人間が作り出す環境に適応して暮らす生きものは「好人性生物」として解釈してもいいのではないかと。アリという昆虫が「生態系工学技術生物(Organisms as ecosystem engineers)」、自分たちの生態系をみずからつくり出す生きものであるように、都市環境を構築する人間も、同じような生きものとしてとらえて構わないのではないかということだ。

ともすると、生きものの都市への適応をプラスに評価し過ぎており、人間による“環境破壊”を甘く見積もり過ぎている、と誤解されそうな危うい本だ。しかし、著者はこう警告することも忘れてはいない。

 都市環境における自然選択の力はとても強いので、都市の生物は進化の速度が速い。しかしわたしたちが忘れてはならないのは、この本で紹介した都市進化の例は全て十分に前適応していたり、あるいはたんに運がよかったりして、進化し、生存することができた生きものたちの例だから、その選択には偏りがあるということだ。適応に成功した都市生物種が1種あれば、その影には都市生活に適応できず、消えてしまった数十種もの生物が存在する。都市とは、進化を強力に推し進める拠点でありながら、多様性の大いなる喪失が生じる場所でもあるのだ。都市が生物学的にどれほど興味深かろうが、世界の膨大な生物種の保存を都市に委ねることはできない。この目的のためには、わたしたちは現在残されている原初的で、損なわれていない野生を保存し、大いに尊重し、探求する必要があるのだ。(『都市で進化する生物たち: “ダーウィン”が街にやってくる』318〜319ページより)

*1:彼女はロンドンの地下鉄3路線7か所から、幼虫入りのサンプルを採取し、成虫になったのち遺伝子解析を施している。3路線の蚊たちは、なんとそれぞれ遺伝的な差異が認められた。それぞれの路線で閉じた生活をしていたのだ。3路線が交わるオックスフォード・サーカス駅で乗り換えない限りは。

*2:この研究をおこなった二人(Mary Bomberger Brown & Charles Brown)は30年間、現地のツバメたちに、カスミ網で捕まえた生体や道路沿いで見つけた死骸も含め、ひたすら身体測定を行い続けた。

*3:この賢いハシボソガラスが初めて観察されたのが花壇自動車学校。なぜ自動車学校か?低速の車がたくさん走っているからだ。スピードが遅ければ、クルミを置く位置をコントロールしやすくなる。著者のスヒルトハウゼン氏も来日して訪れた話が書かれている。この箇所を読んでいるとき、系列の「花壇自動車大学校」でクラスター発生のニュースが飛び込んできてちょっと驚いた。

*4:

*5:The town bird and the country bird: problem solving and immunocompetence vary with urbanization