こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

貝ものがたり(第149号)

ホッキ貝のシーズンだ。

東北へ来たばかりのころ、ホッキ飯食べてめちゃくちゃおいしかったので、今シーズンは自分でも作ってみようと思っていた。スーパーで生貝が出回り始めたので、さっそく購入。バラ売りのをひとつ、トングでつかんだらぴゅっと水を吐き出した。思わず飛び退いたら、そばにいた子供が笑っていた。

ほっき貝をさばくのは初めて。今はwebで調べられるから便利だ。写真つきの解説でわかりやすい。1個目はちょい失敗したが、2個目からはうまくいった。大きいわりに貝柱が強くないらしく、ナイフを差し込んでゴリゴリやればなんとか開けることができる。ホヤもそうだったけど、やってみれば案外簡単、これから気軽に買うことができそうだ。

ちょっと火通しすぎたかなーと思ったが、ご飯の味はめちゃくちゃおいしい。酒みりんしょうゆ、塩少々しか入れてないのに、出汁がうますぎて止まらない。旬、てこういうことだ。

 

『貝ものがたり』の貝は、食品としての貝ではない。生物としての貝だ。しかし食品として売られる貝も、丸のままのは生きている。アサリ然り、ホタテ然り、ホッキもだ。しかし生きているというのは、生きることを意味しない。生きていても、獲られて水揚げされた時点で生は終わるからだ。生きものから食べものになってしまう。

『貝ものがたり』は、食べものになる前、その生きものとしての貝を見せてくれる。ボウルの中でだらしなく伸びるアサリも、砂のなかでは様子が違う。もぐって水管を伸ばして一生懸命エサをとる。トレイに詰められたホタテは微動だにしないが、海のなかでは様子が違う。殻の隙間から水を吹き出し、飛んで天敵から逃げていく。グリルで焼かれるがままのサザエも、海中では、おろし金のような歯で海藻をかじって食べている。みんな生きていたのだ。

海底をブルドーザーのように進み、バカガイに乗り上げて食べんとするツメタガイ。二枚貝の殻に開いた丸い穴は、ツメタガイにやられた爪痕だ。潮だまりには岩をはい回る貝たち。岩についた海藻を食べる食べる。褐虫藻を体内にはらみ、栄養をお裾分けしてもらうヒメジャゴカイなんて貝もいる。イボニシは他の貝を食べる食べる。撃退策を繰り出すマツバガイはいいけど、岩にくっついたままのムラサキイガイはなす術もない。毒入りのモリを武器に小魚を狩るベッコウイモガイ。サンゴを食べてしまうオニヒトデも、ホラガイの前ではただのエサにしか過ぎない。ヒメヨウラクガイなど、スカヴェンジャーとして活躍する貝もいる。

食べて食べられ、逃げ逃げられ。人間には容易に鑑賞できないけれど、海のなかでは「貝たちのドラマ」が確かに繰り広げられているのだ。

「作者のことば」は「貝を飼育してみよう」。

 貝の生活を知りたいときは、飼育するのが一番です。少しのくふうで、海の貝も自分のへやで飼育することができます。

ということで、ひたすら飼育方法とコツについて書き綴られている。飼育容器はペットボトル、おすすめは2センチまでの巻貝1〜2匹。これなら小学生でも十分できそうではないか。親の手間もそんなにはかからなそうだ。上記で触れたヒメヨウラクガイも飼えるらしい。エサは「刺し身の残りでじゅうぶん」ということだ。

実用的かつ簡潔にまとめられた文章の後、最後は次のような一文でさくっと締められている。

 海の貝は、ちょっと注意すると、長く飼育できます。貝の飼育に挑戦して、新しい貝のふしぎを発見してください。

君たちもやってみようで、すぐできるところがいい。貝のこともっと知って触れてほしい、という作者の愛を感じることができた。

貝ものがたり たくさんのふしぎ 1997年8月号

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合わせて読んだのが『ニッポン貝人列伝 時代をつくった貝コレクション』。貝人は“怪人”に掛けてるんじゃないかと思うくらい、濃い人々が勢ぞろいしている。キャプションを見るだけでお腹いっぱいだ。

私財を投じて尽力した」だの、

その遺志を継ぎ「日本初のカラー貝類図鑑を刊行」だの、

100歳まで研究を続け」だの、

日本人で初めて、南洋で鳥や貝、虫を採集した麗人博物学者 」だの。

老舗の鳥すき屋の主にして、鉱物学博士で貝類コレクター」に至っては、意味がわからない。

ニッポン貝人列伝  時代をつくった貝コレクション (LIXIL BOOKLET)

ニッポン貝人列伝 時代をつくった貝コレクション (LIXIL BOOKLET)

  • 作者:奥谷喬司
  • 発売日: 2017/12/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

しかし、貝コレクションというのは、いわば「貝殻」のコレクションになる。『貝ものがたり』のような、生きている貝の話ではない。

ということで、さらに読んだのが、

貝のミラクル―軟体動物の最新学』、

貝のパラダイス―磯の貝たちの行動と生態』、

そして『貝のストーリー: 「貝的生活」をめぐる7つの謎解き』だ。

 

なかでも『貝のストーリー』の「第5章 食われる前に食え ― 戦慄の共食いウミウシ」がものすごく面白かった。「第6章 チリメンウミウシの使い捨てペニス」も捨てがたいけど、こちらの、それ要る?みたいなエピソードを織り込みつつ、ねちっこく(熱っぽく)語ってくるのにはかなわない。

そもそもウミウシって貝なのか?『貝のストーリー』では、ヒザラガイ、ホウオウガイなど殻をもつ貝も扱われているものの、半分はカタツムリ、ナメクジ、ウミウシ、イソアワモチといった殻をもたない軟体動物がトピックだ。『貝のストーリー』の「はじめに」では、そこのところが解き明かされている。

 アサリやハマグリなどの二枚貝,サザエやアワビなどの巻貝,ウミウシやナメクジ,それにイカやタコは軟体動物に分類される.これらの動物には体の内側にも外側にも骨格がないために柔らかく,櫛状の鰓をもち,外套膜と呼ばれる襞状の器官を備えているという共通点がある.外套膜から分泌される炭酸カルシウムでできた石灰質の殻を持つ仲間は「貝」と総称される.つまり,殻をもつことは軟体動物の二次的な特徴である.軟体動物を研究する学問分野は軟体動物学(malacology)であるが,日本の学術団体はこの英名を使いながらも,なぜか「日本貝類学会」と称している.殻のない軟体動物を研究している者にとっては,この名には少し違和感があり,ある種の肩身の狭ささえ感じる.しかし,長く同学会会長を務められ,『貝のミラクル』(東海大学出版会,1997)を編集された奥谷喬司さんは,あとがきに「軟体動物学の本である」と記しながらも,書名に「貝」とつけることにためらいはなかったようだ.どうやら違和感を感じるのがおかしく,殻のない軟体動物を含めて「貝」と呼んでも不思議はないのだろう.そこで,前例を踏襲して,本書のタイトルにも「貝」と入れることにした.(『貝のストーリー』「はじめに」より)

タイトルに「貝」はついてるけど、一般的な人が思い浮かべる貝だけじゃなく、軟体動物もテーマにしてるんだよ、ということなのだ。

本題の「第5章 食われる前に食え ― 戦慄の共食いウミウシ」まで、前置きが長くなってしまったが、この話自体、メインの「共食いウミウシ」にたどり着くまでが長い。

まずはウミウシって人気者だよね?という話から始まる。きれいでかわいくて、種類も多いから楽しめる。見つけづらいのが難点だけど、そのかわり見つけたら思う存分撮らせてくれる。すぐ逃げ出したり、素早く動き回ったりしないから(野鳥のみなさんにも身習ってほしいところだ)。

でも実は、ウミウシって肉食(動物食)なんだ。のんびりさんだから意外に思えるけど。とろいから動き回るのは捕食できないよ。だから食べるのはおもに“動かない”動物。カイメン、ヒドロ、サンゴ、ホヤなど。“動く”のも食べるけど、それはなんと他種のウミウシだったりするよ。共食いなんていわないでね。これが共食いなら、キビナゴ食うカツオだって共食いになるよ。同じ魚同士なんだから。同じウミウシ同士、ゆっくり動くものなら食べやすいし、理にかなってるでしょ?

という話が続いていく。お次は共食いについて考えるタイム。生きものの世界では、どういうパターンの共食いが見られるか。なかでも「性的共食い」はどういう戦略から行われるものなのか。とくに、カマキリの性的共食い、コガネグモの性的共食いの話で合わせて、全32ページ中7ページを費やしている。

なぜ「性的共食い」の戦略を考察しなければならないのか。この章の主人公「キヌハダモドキ」こそ、性的共食いをする張本人だからだ。性的共食いというと、カマキリやコガネグモのように、メスがオスを食うという現象が思い浮かぶ。繁殖のメインはメスだからだ。しかしウミウシは雌雄同体だ。雌雄同体のものが性的共食いをする。いったいどんなことが起こるのだろうか。

「初めて観察したキヌハダモドキの共食いは、凄まじいものだった」といわれるとおり、その描写はものすごいシーンの連続だ。ポルノかホラーかバイオレンスかSFか、もしくはそれがごっちゃになったものを見せられているかのよう。まさに雌雄を決する、手に汗に握る攻防戦だ。その一部をお目にかけよう。

観察容器内に入れたキヌハダモドキは,相手に触れたとたんに噛みついて,なんとか飲み込んでしまおうともがいた.すると,噛みつかれた方も体をひねって噛みつき返し,同時に右体側から巨大な両性交接器を出し始めた.交接器の先端には膣口とペニスの末端部が開口していて,ここを合わせることで交接が達成される.反撃された方も同じように交接器を出し,交接器の体積はついには体全体の4分の1くらいにまで膨らんでいった.これほど巨大な交接器は他のウミウシでは見たことがなかった.キヌハダモドキ以外のキヌハダウミウシ属の交接器は一般的なウミウシと変わらない小さなものなので,それとはまったく似ていない.2匹のキヌハダモドキは互いに噛みつきあいながら,大きな交接器を振り回したが,その動きはまるで,体全体とは別の意思をもった交接器が勝手に暴れまわっているかのようだった.(『貝のストーリー』151ページより)

闘いの結末は、ぜひ読んで確認してみてほしい。どう決着がつくのかも見所の一つだ。ラストシーンは映画さながら、哀愁さえ感じられるほどだ。ここまで1時間近くかかったというのだから驚きである。

なんでこんなややこしい交接方法を採用してしまったのか?なにも戦わなくても、相手を食わなくても、平和裏に愛を交わせばいいではないか。作者もそう考えるらしく「共食いは長期的に見るとやはり損な戦略で、そのうち滅んでしまうのかもしれないという気がする」とまで述べている。

いったん性的共食いに手を染めると,そこにはもう配偶を諦めて退却するという選択肢は残されておらず,食うか食われるかの世界の中で勝ち残るには,ただ「食われる前に食え」という戦略しかなくなるのだと考えられる.(『貝のストーリー』161ページより)

熾烈な戦いを勝ち抜いた側も、さらなる試練に見舞われるという。なんと食べた相手をうまく消化できず死んでしまうことがあるのだ。戦い(と交接)が成立するのは、同じような大きさの、成熟した個体同士。あまりにサイズが違えば勝負にならないからだ。自分と同じくらいのものを食べて消化するってそりゃ大変だよね……。作者のおっしゃるとおり「あまりすばらしいとは思えない戦略」だとつくづく思う。

最後は、

 さて,この章を読んでもなお,みなさんはウミウシのことをかわいいだとかきれいだとか,あるいは海の宝石だと思うのだろうか.私はそうは思わない.けれども,それでも私はウミウシが大好きで,予想もつかないその生き方をもっともっと明らかにしていきたい.(『貝のストーリー』164ページより)

と締めくくられ、冒頭の、ウミウシ人気者だよね?きれいでかわいいって言われるよね?が効いてくる物語に仕立てられている。

『貝のストーリー』は、他にも「生きた貝の暮らしぶりから、その意味や仕組みを読み取ったストーリー」が満載だ。軟体動物、そして軟体動物学をものする皆さんを見る目が変わること請け合いである。

貝のストーリー: 「貝的生活」をめぐる7つの謎解き

貝のストーリー: 「貝的生活」をめぐる7つの謎解き