こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

からだの中の時計(第440号)

今年も彼らがやってきた!

彼らとは渡り鳥。

マガン、シジュウカラガン、オオハクチョウコハクチョウオオヒシクイなどなど……そして種々のカモたち。

なかでも大好きなのがマガンだ。恐ろしいほどの数で見せつけてくる群れのパワーも、決して警戒心を緩めないところも。当地ではもう誰も撃つ人はいないというのに。一部ハクチョウやカモたちが餌付け目当てに、やすやすと近寄ってくるのとは大違いだ。野生動物との間にはこれくらいの緊張感があった方がいい。

群れで見られがちなマガンも、一羽一羽見ると愛らしい。冬越しに備えふっくらしたお腹には黒のまだら模様。桃色のくちばしに草の食べかすが絡まっているのはご愛嬌だ。額の白がいいアクセントになっている。真っ直ぐ伸びる首は警戒の証。幼鳥が採食に夢中の間も、大人たちはそのつぶらな瞳で監視を怠らない。雁行の様子はもちろんのこと、落雁するところも風情がある。のんびり水に浮かんでいるところも、懸命にエサを食べるところも、風雪のなかじっと耐えるところも、警戒心あらわに距離を取るところも、いつまで見てても飽きない。

先日は近隣の田んぼで、子供がカラーリングを付けられたマガンを発見した。伊豆沼・内沼サンクチュアリセンターの先生に調べてもらったところ、彼女/彼(性別は不明)は、2002年に宮島沼で装着の上、放鳥された個体だとわかった*1。少なくとも20年は生きている計算になる。当地にいつも渡ってきているのかはわからないが、長年生きて旅を続けてきたのだと思うと、胸がいっぱいになった。

 

この渡り鳥の「旅」にかかわってくるのが、本号のテーマ「からだの中の時計」だ。

渡りの生理についてはわかっていないことも多い。しかし「からだの中の時計」すなわち体内時計が関わっていることが確認されている。

まず「渡りの衝動」について。『鳥の渡り生態学』では、こんな例が紹介されている。

渡りをおこなう小鳥をケージ内で飼育したところ、渡りが始まる時期が近づくにつれ、夜間に翼を羽ばたかせたり飛び跳ねたりして落ち着かない様子を見せたという。こうした室内実験などで確かめられたところによると、どうやら渡り鳥は、約1年のリズムをセットされた体内時計をもとに、スケジュールを決められているというのだ。このスケジュールにしたがって、昼の長さや気温の変化によってスイッチが入り、ホルモン分泌などの生理的変化が起こる。すると、渡りに必要なエネルギー(脂肪分)を蓄え始めたり、換羽を済ませたりする。そしてやがて渡りの衝動が起こり旅を開始するというのだ。実験では、昼の長さや気温の変化がない状態でも引き起こされたという。

 生物時計は正確に時を刻み, それに応じて渡りに関連した生理や行動が生じる. たとえばキイロアメリカムシクイ(Dendroica petechia)やズグロムシクイ(Sylvia atricapilla)を長期間にわたり気温や明暗条件を一定に保って飼育したところ, 換羽や渡りの衝動といった渡りに関連する特徴が一貫してして同じ時期に観察された. 飼育期間中の環境条件は一定なので, このリズムは生物時計によるものと考えられている. ただし, このサイクルは正確には12カ月ではなく数カ月短いサイクルであることもわかっており, 野外では光周期(photoperiod)がこれを補正する役割を果たしていると考えられている(McWilliams et al., 2016; Winkler et al., 2016). (『鳥の渡り生態学』187ページより)

本号『からだの中の時計』でも、ノビタキについての同じような実験が紹介されている。

ドイツの研究者がノビタキという小鳥を、季節の情報が入ってこない実験室の中で10年間飼育したところ、約5か月ごとに羽根が生えかわりました。

このことからノビタキのからだの中には、およそ半年や一年といったリズムを刻む体内時計もあることがわかったのです。そしてこの長期の体内時計も、放っておくとどんどんずれてしまうので、太陽の光による修正が必要です。

太陽の光による補正……本号の肝となるのは、この「生まれもった体内時計」とそれを補正する「太陽の光」だ(概日リズム - Wikipedia)。生きものたちはそれぞれ生まれもった体内時計を持ちながらも、いかに太陽の光に依存しているか、『からだの中の時計』を読むとよくわかる。時計をもたない動物たちが「体内時計×日光による補正」でどれだけ正確に時を知ることができているか、驚くこと請け合いである。

ちなみに伊豆沼での、ここ10年の「マガンの初飛来確認日」は次のとおりだ。

2021年 9月16日
2020年 9月12日
2019年 9月13日
2018年 9月21日
2017年 9月15日
2016年 9月14日
2015年 9月19日
2014年 9月13日
2013年 9月22日
2012年 9月20日

平年は20日飛来。そこから大きくズレることなく、ほぼ同じ時期に渡ってくるのは驚くべきことだ。人間は日にちを知るのにカレンダーだのみだというのに。これも体内時計×日光による補正のなせるわざなのだろう。

 

『からだの中の時計』では触れられていないが、「旅の方向を見定める」上でも、体内時計がはたらいている。こちらも太陽の光(位置)が重要な手がかりとなっている。

 太陽は渡り鳥にとって、欠かせないコンパスである。東から西へと空を横切る太陽の位置を頼りに、彼らは体内時計を使って正しい方向を判断する。(『世界の渡り鳥大図鑑』16ページより)

飼育されたホシムクドリを使った実験では、太陽が見えないとき、正しい向きを判断できなかったという。鏡を使って太陽の見える位置を変えると、誤った方向に向かってしまうこともわかっている(もっとも、鳥の“ナビゲーションシステム”は、こうした天体コンパスだけでなく、視覚情報や地磁気コンパスなど複数の感覚器官を組み合わせて成り立っていると考えられている)。

なぜわたり鳥は道がわかるの?

 

誤解があるといけないが『からだの中の時計』で取り上げられているのは、鳥の話だけではない。

冒頭例示されるのは、もちろん人間のこと。

私たち人間だって、一日じゅう真っ暗な中で過ごし、時間の手がかりがなくても、決まった時間に眠くなったり、目が覚めたりすることができるのだ!私たちも、鳥と同じように体内時計をもっているからだ。

じつは、体内時計は地球上のほぼすべての生き物がもっています。昆虫や植物もふくめた、あらゆるものが、体内時計をもっているのです。

たとえば蚊の一種は、夕方になると集まって蚊柱をつくりますが、これは体内時計を使っておなじ時間に集まり、交尾の成功率を上げているのです。

一日は24時間だ。ならば生きものの体内時計も、それに合わせて24時間なのか?

豈図らんや、24時間ぴったりではないのだという。私たち人間にいたっては、プラス1時間ものズレがある。それを補正するのは先に書いたとおり、太陽の光、なのだ(しかしなんで1時間もズレがあるのだろう?)

生き物にとって、昼と夜を規則正しく生活することはとても大切なことです。

こんな一文を読むと、夜更かしぎみの子供についついありがちな小言を繰り出したくなってしまう。しかしながら『からだの中の時計』には、本文はもちろんのこと「作者のことば」にすら、説教じみた繰り言は一切出てこない。

そもそもなぜ昼と夜を規則正しく生活することが大事なのか?それは生存と繁殖という基本的欲求に関わるものだからだ。エサを摂るための事情、繁殖行動を合わせるための事情。生存も繁殖も「時」の重要性が薄れている人間には、規則正しくしなければという切実な事情はない。圧力といったら、学校や会社といった社会生活のなかにあるくらいなものだ。

まして、

じつは、生まれつき早寝早起きな家族や、遅寝遅起きな家族もいます。生き物のからだには、「時計遺伝子」とよばれる遺伝子があり、それが親から子へと受け継がれるからです。

なんて知った日には、自分が夜更かし朝寝坊なのは、親のせいだ!とか、憎たらしい開き直りをされそうである。

 

イラストは、描きこまれすぎない一方、ていねいな線で描かれていてとても見やすい。文章とのバランスが絶妙だ。色の風合いもすごく優しい。どこかシュルヴィッツの『よあけ』を思わせる質感だ。

ここからは余談。

記事最初にご紹介した「伊豆沼・内沼サンクチュアリセンターの先生」が、最近本を出された。

知って楽しいカモ学講座-カモ、ガン、ハクチョウのせかい』だ。

ガンカモ類は、いるところに行けば気軽に観察できる鳥だ。しかし監修の森本先生が書かれるとおり、観察・識別系の本は出ているものの、生態や研究成果について一般に紹介したものは意外とない。ガンカモ類の専門家は多くいるが、横断的かつ総合的に取り扱えるような研究者は限られる。対象の種が限定されていたり、特定のテーマに注力して研究をおこなっていたりするからだ。

 嶋田さんは学生時代から一貫してガンカモ類の研究を続けてきた。大学院生時代のカルガモの研究に始まり、その後伊豆沼・内沼の自然環境保全に関わる財団の研究職に就かれてからは、カモ類だけでなく、ガン類やハクチョウ類まで対象を広げ、あらゆる研究テーマを扱っている。また、二〇一一年に起きた東日本大震災という、人にも自然にも大きな影響のあった天災を現地で経験された。加えて、鳥そのものの研究だけにとどまらず、その研究成果を活かし、農業への被害対策と野鳥の保全の両立といった、人間社会の問題解決や、鳥たちが生息する伊豆沼・内沼の環境改善といったことまで、その活動の幅広さには舌を巻く。なにより、その誠実かつ堅実な歩みには頭が下がる思いである。(『知って楽しいカモ学講座』284ページより)

こう書かれるとおり、コンパクトながら、ガンカモ類についてかなり充実した内容が網羅されている。

私の大好きなマガンについても、これまで知らなかったことをたくさん学ぶことができた。

たとえばガンのV字飛行。群れ全体で省エネ飛行を実現するための飛行形態だが、先頭の個体にいちばん負担がかかるので、飛行の最中先頭を交代することが多い。しかし、マガンの4家族にGPSをつけ、春の渡りを調べた研究では、主にオス親が先頭をつとめることがわかったのだ。これは子供たちの負担を軽減するためと考えられている。ねぐらと餌場の行き来という短距離移動と、渡りという長距離移動では、同じV字飛行でもフォーメーションが異なることが考えられるのだ。

故郷へと向かう春の渡りについての描写もグッときた。

帰る時期はだいたい決まっているので、そろそろかなーというのはわかるが、飛んでるのを見るだけでは、それがいよいよ北帰行なのか、ただの餌場への出勤なのか判別できない。

しかし、観察するといつもとは違う様子が見えるのだという。北帰行のときは、いつも餌場へ向かうのとは異なる方向に飛んでいく。そして通常の朝の移動とは異なり、急激に高度を上げていったかと思うと、すぐV字飛行の態勢に入る。さらにぐんぐん高度を上げながら飛び去る様子に「帰るのだ」という強い意志を感じる、と書かれている。これも体内時計のなせるわざなのだろう。

北帰行が本格的に始まると、空全体がそわそわしてちょっとさびしい気持ちになるが、こんなふうに北帰行の瞬間を目撃したら、なんだか泣いてしまいそうな感じがする。

とはいえ、ガンカモ類は孫と同じ。来てよし、帰ってよしだ。残留個体は農業被害を引き起こすこともある*2

この一冊には、現地で長年生活し、研究観察を続けてきた先生にしか書けないことが盛り沢山に詰まっている。これからの時期、ガンカモ科の鳥たちのシーズン真っ盛り。観察のおともにうってつけの本になること間違いなしだ。

もう一つガンに関する余談。

絶滅の淵から日本の空によみがえった、シジュウカラガンの話をしたい。

かつて多く渡ってきたシジュウカラガンは、1938年ごろ急減し、渡りが途絶えてしまっていた。北方の繁殖地に、毛皮目的でキツネ類が放されたからだ。

一方、仙台市在住の医師横田義雄氏は、市東部福田町で越冬するマガンが減ってきたのを憂え「福田町の雁を保護する会」を結成する。1970年のことだ。しかし、まもなく福田町のマガンは姿を消す。そこで福田町のような事例を繰り返さないため、ガン類の保護を目指し改名を経て「日本雁を保護する会」として活動を開始。その活動のさなか、県北部伊豆沼で出会ったのがシジュウカラガンだった。

横田医師がシジュウカラガン復活にかける意思は並々ならぬものがあった。エッセイのなかでもシジュウカラガンに対する熱い思いを語っている。シジュウカラガンはかつて仙台平野に大群をなしてやってきており、仙台藩ゆかりの堀田正敦が編纂した鳥類図譜『観文禽譜』にも記録が残る歴史的な鳥なのだ。「シジュウカラガンが甚だ多く、終日狩りをすると十のうち七、八はこの鳥を獲た」と記されている(野生シジュウカラガンの羽数回復事業をご存知でしょうか? | 見験楽学 けんけんがくがく)。

そんな横田医師の「夢」は、長い道のりを経てかなえられる日がやってくる。その絶滅と復活の物語、ロシアやアメリカとも共同で行った羽数回復計画の全容は『シジュウカラガン物語―しあわせを運ぶ渡り鳥、日本の空にふたたび!』に詳しい。国境を越え、熱意を持つ人たちがともに目標に向かい、深いきずなで結ばれるさまが描かれている。

4ページの口絵には飛来した写真が載るが、なかの1枚こそ「歴史的越冬地・仙台市福田町に86年ぶりに飛来した群れ」だ。2021年1月のことだ。昨冬、伊豆沼周辺は積雪量が比較的多く沼も凍りつくくらいの寒さが続いていた。マガンたちも南下するくらいだった(『ウミショウブの花(第341号)』)ので、シジュウカラガンが仙台に降り立ったのもうなずける話だ。

三年後の二〇二一年一月。歴史的越冬地だった七北田低地の福田町と多賀城市の水田に二〜五羽のシジュウカラガンが舞い降りたのだ。八七年ぶりのことで、「横田の夢」が叶った瞬間でもあった。(『シジュウカラガン物語』246ページより)

今やシジュウカラガンは、うちの近所でフツーに見られるガンになりつつある。マガンより少し小さめ、ワンワン鳴きながら行き交う様子はマガンとは違った愛らしさがある。これも人々の、長年の取り組みの成果なのだ。

日本の空に復活した シジュウカラガンとハクガン@宮城県・伊豆沼、蕪栗沼|夢の翼、羽ばたく。活動の現場から|サントリー世界愛鳥基金|サントリーの愛鳥活動

*1:その後先生が勧めてくださったこともあり、バードリサーチ経由で「ガン・カモ・ハクチョウのカラーマーキング報告」をおこなった。マーキングされた野鳥を発見した場合「観察場所の大まかな地名」「観察日」「足輪/首輪の色と番号」など記録しておくと、より正確な情報を提供できる。山階鳥類研究所渡り鳥と足環|山階鳥類研究所)でも報告を受け付けている。

*2:今春は、石巻オオハクチョウの残留個体同士が繁殖し、子育てをおこなう様子もニュースになった。
海渡らず石巻で子育て オオハクチョウが営巣 5羽のヒナ生まれる|石巻Days ~未来都市の生き方~|note
このまま放置というわけにもいかず捕獲され、家族そろって八木山動物公園で展示されることになった。