こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

はしをわたらずはしわたれ (たくさんのふしぎ傑作集)(第74号)

“かべ”という身近なものをテーマに、軽やかな絵本(『かべかべ、へい!(第114号)を作ってみせた小野かおる。それに先駆けて描かれたのが“はし”。「橋」だ。

今回も、軽さに対して内容は盛りだくさん。

橋の歴史、橋を支えるしくみ、橋の種類、橋のかけ方から橋の出てくる話まで、さまざまな切り口から「橋」を見せてくれる。その合間には日本、中国、ヨーロッパの橋の紹介があったり、ロンドン橋の移り変わりの図解があったり。可動橋の例や、橋のかざりについてのトピックも盛り込まれている。

こう書くと、さぞかし密に作られていると思われるだろうが、一トピックにつき、ほぼ2ページにまとめられており、すっきり見やすい絵本に仕上がっている。文章量はひかえめに、写真やイラストをうまく利用して描かれているからだ。

さらっと読めてしまうのに「橋」のほぼすべてがわかるといっても良い。「橋」についてのプレゼンテーションを見ているようだ。

多くのページを割かれているのは、やはり橋のいろいろ……つまり「橋の種類」についてだ。橋の分類は、用途や材料、橋床の位置、橋桁構造など、さまざまな視点で分けられる。ここで描かれるのは、その中でも構造形式による分類だ。

すなわち、

の6つに分けて紹介されている。最初に登場するのがラーメン橋というのは、子供の興味を引くためだろうか?もちろんそこにはラーメンのイラストも付けられている。

瀬戸内海は橋の博物館と題したトピックには、瀬戸大橋(児島・坂出ルート)はじめ、明石海峡大橋(神戸・鳴門ルート)瀬戸内しまなみ海道尾道今治ルート)と、本州四国連絡橋の俯瞰地図がイラストで紹介されている。橋の種類で紹介した、桁橋、アーチ橋、斜張橋、トラス橋、つり橋の実例を見ることができるのだ(各橋がどの種類にあたるかは説明されていない)

瀬戸大橋は、本号発行1991年の3年前、1988年に全線開通したばかり。本邦の気候や特質に合わせ作られていることがよくわかる。台風に備え、風速40〜50メートルに耐えられるよう作られていること。マグニチュード8くらいの地震に耐えられること。16両の新幹線、1,400トンもの重さ*1に耐えられるよう設計されていること。

 

各トピック、コンパクトにまとめられているので、興味を引かれたものについて詳しく調べてみるのも面白い。

たとえばロンドン橋のうつりかわり。1209年、1632年、1762年、1831年、そして1973年と五つの年代の橋がイラストで並べられているが、1973年の橋には、

今のロンドン橋。つぎはどうなるのだろう?

と書かれている。

じゃあ2021年の今は?と調べてみると、1973年に現女王エリザベス2世によって開通がなされて以来、変わっていないことがわかった。作者小野かおるは、昨年惜しくも亡くなられたが、彼女より年上である女王はいまだ健在である。

動く橋で思い出したのは、ピタゴラスイッチの「そこで橋は考えた」。可動橋のあれこれを実在の橋とともに紹介するコーナーだ。

『はしをわたらずはしわたれ』では、次の5種類が載るが、このうち4つが「そこで橋は考えた」のと同じ種類だ。

隅田川の橋(日本)セーヌ川の橋(フランス)も、それぞれイラスト・地図とともに紹介されている。瀬戸内海とは違った意味で“橋の博物館”だからだ。東京、パリ、どちらも古くからの都市だけあって、歴史的な橋が多くかかっている。

隅田川については、上流は白鬚橋から、下流勝鬨橋まで次の13橋が紹介されている。

※(1979年開通)隅田川大橋

※(1994年開通)中央大橋

※(2018年開通)築地大橋

本号発行以後に作られた中央大橋、築地大橋はともかく、隅田川大橋が抜けたのはどうしたことだろうか?

 

「橋」というと、こうした実在の橋中心に取り上げられがちだが、橋のもつ文化的な面も合わせて紹介されている。

 むこう岸にわたるための道である橋は、こちらの世界でもなく、むこうの世界でもありません。境にあるとくべつな場所として考えられてきました。

境にあるとくべつな場所……ヨーロッパでは、橋のたもとに教会や番人小屋をつくったり、橋の上で裁判が行われることもあったという。屋根のついた橋で紹介される、カペル橋に隣接する塔はかつて監獄や拷問部屋として利用されていた。こういう意味の「とくべつ」とは、関わり合いになりたくないものだ。

 

お話に出てくる「橋」も面白い。文化的な面と、現実の橋がもつ側面を行ったり来たり、まるで橋を渡るかのように解釈の揺らぎを感じ取ることができる。

たとえば本号で紹介される『だいくとおにろく』『三びきのやぎのがらがらどん』。

『だいくとおにろく』は、難工事で架橋するには、鬼のような超人的な力とともに、運と智恵が必要だということを示してはいないだろうか。

『がらがらどん』で“トロルの橋”を渡っていく山羊たちは、厳しい自然あるいは世間といったものがもたらす不安や恐怖、を乗り越えていくさまを表しているのかもしれない。

ドラマの中でも橋が重要な役割を担うことがある。最近最終回を迎えた『おかえりモネ』では、気仙沼大島大橋(ドラマ上は亀島大橋)が、現実に役立つものであると同時に、主人公の心理を象徴するものとして描かれていたのが印象的だった。

本号のタイトル『はしをわたらずはしわたれ』は、もちろん一休のとんち話から取ったもの。一休宗純は現実の存在だったが、坊さんらしくない人間臭い生き方で庶民の共感を呼び、ある意味トリックスター的なイメージをまとうことになった。坊主と人間、現実とフィクションの間を揺らぐ存在に、橋にまつわるとんち話が作られたというのは何か出来過ぎのような気もする。

 

橋をテーマに絵本を作ろうとすれば、橋の科学あるいは技術を中心にする、もしくはフィクションとしてお話を作るという方向になりがちだ。橋の科学あるいは技術ならその道の専門家と共に、フィクションなら絵本作家が作るということになるだろう。ざっと児童書を見てもどちらかに分類されるものがほとんどだ。どちらにも分類されないこの絵本は異色のものと言える。

小野かおるは自ら絵本も作れば、挿絵を担当したり、あるいはアーティストとして絵画や造形などの作品も手がけている。スペースデザイナーとして活躍していたこともある。多面的に仕事をしてきた方なのだ。

最近は「たくさんのふしぎ」で、こういうテイストの本を見かけることは少なくなったが、小野かおるにしか描けないものだからかもしれない。子供にわかりやすく、多様な切り口で「橋」というものを俯瞰して見せる。知識としての橋の話だけでなく、お話に登場する橋にも限らず、どちらも等しく見せる。まさしく「橋」を象徴するような本であるといえるのだ。

合わせて読んだのが『アーチの力学―橋をかけるくふう』。

こちらのメインテーマは「橋」ではない。

力が働いているけど動かれては困る建造物、その中でもとくに「力」をうまく利用する必要のあるものが「橋」だというのだ。つまり「動かないもの」に働いている力を見せてくれるのが「橋」なのだ。

「石を半円形に積み上げると頑丈な橋ができる」=「アーチ構造」を発明したのは、古代ローマ人。大昔にローマ帝国が作った建造物は今でも壊れず残っているくらいなのだ。そして、そのアーチ構造をうまく応用して作られたのが教会・大聖堂の数々だ。

だから、アーチ構造を知ることは、〈静止の力学=構造の力学〉の素晴らしさを知る近道と言えます。(『アーチの力学』7ページより)

“サイエンスシアター”と銘打っているだけあって、第1幕から終幕第5幕まで、さまざまな小道具を駆使して“上演”される。

「第1幕 紙の橋と鉄の橋」で登場するのは、かこさとしの『よわいかみ つよいかたち』。この本に出てくる実験を、真似することから始まるのだ。観客にもよく見えるよう、使われるのはハガキではなく110cm×80cmの大きな紙。

さあ、みなさんは、

よわい かみでも、

おりまげて

かたちを かえると、

とても つよく なる ことが 

わかりましたね。

 

その つよい かたちが、3つ ある ことも、

わたしと あなたは、ちゃーんと

わかってしまいました。

(『よわいかみ つよいかたち』36ページより)

実験で確かめられるのは、この3つのかたちの強さだ。『アーチの力学』では、もう一つ形を付け加え、合わせて4つのかたちが紹介されている。

「第2幕 石で橋をかける方法」では、なんとコンビーフ缶が登場する。コンビーフの枕缶はアーチ橋を作るのにうってつけの形。30個使ってアーチ橋を作ろうというのだ。

1個165円で、30個ありますから、合計4950円です。(『アーチの力学』49ページより)

本物のコンビーフは、当時でも165円でなんかで買えやしない。当然「ニューコンビーフ」の方だ。

上面と底面の出っ張りを埋めるため、側面に厚紙を入れて準備は完了。1列ずつアーチに組み立て合計3列のアーチを並べて橋を完成させる。なぜ1列で済ませないかといえば、実際に人が乗ってみせるからだ。……いやー、たとえ完成できたとしても、あらゆる意味で乗る勇気がない。もっともなつかしの枕缶は今や姿を消し、この実験をおこなうことはまず不可能になってしまった。巻き取り鍵を使ってくるくる開けるのは、ちょっと面倒でもあり、かなり楽しみでもあったのだが。今手軽にできるのは、粘土や紙粘土を切り出して組み立てる実験のほかはない。

「第3幕 アーチの歴史と力学」でおこなわれるのは、通潤橋の模型セットを使って、組み立てたり壊したりする実験。現在仮設社で「通潤橋の模型セット」は取り扱っていないようだが、かわりに「アーチ型積み木」が売られている。「通潤橋の模型セット」の方がはるかにかっこいいので残念だ。

仮説社 ONLINE SHOP / アーチ型積み木(31128)

この本で取り上げられる「橋の力学」は、アーチ構造だけではない。

「第4幕 吊り橋と自転車の車輪」では、吊り橋の仕組みが解説されている。吊り橋と同じような仕組みのものとして紹介されるのが、自転車の車輪。シアターでは、分解済みの車輪を使って実験がおこなわれる。自転車のスポークは、吊り橋と同じように、車輪の軸にかかる力を支えているのだ。

 

『はしをわたらずはしわたれ』『アーチの力学』そして『よわいかみ つよいかたち』。どの本も、子供たちにとって身近なものを例にとり、それぞれ「橋」を描き出している。しかしどの本も、描かれるのは「橋の世界」のほんの一部にしか過ぎない。そこから、どんな方向へ「興味の橋」を渡っていくのか、それは子供次第ということなのだろう。

ちなみに私が好きな橋は是政橋だ。

東京競馬場のスタンドから見える、主塔の青と白が実に印象的だった。競馬場から見るたびに、いつかあの橋を渡ることがあるだろうか?と思っていたものだ。

のちに転勤で周辺自治体に住むことになり、何度となく渡ることになろうとは思いもかけなかった。初めて渡ったときは、ちょっとした感動を覚えたものだ。

冬には、斜めに張られたケーブルと、美しい富士の稜線が重なり合って、面白い絵ができる。多摩川上流側を走る南武線の撮影スポットでもあり、富士の撮影ばかりでなく、鉄ちゃんの姿をよく見かけていたものだ。

あまりに当たり前に通っていた日常の橋だったので、写真は一枚も撮らなかった。あんなに愛してたのに。私たちは転勤族、いつかはその土地を離れる運命にある。しかし風景が日常と化してしまえば、あえて撮影しようとは思わないものだ。是政橋は現実の橋だけど、私にとっては心のなかだけにある、心象風景の橋になってしまった。

*1:瀬戸大橋は、新幹線・在来線合わせて4線を敷設できるように作られている。現在使われているのは在来線2線のみ。