こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

都会で暮らす小さな鷹 ツミ(第444号)

ツミ。

野鳥に詳しくない方は初めて聞く名前ではないだろうか。

ダーウィンが来た!」で取り上げられたことがあったので、覚えている方もいるだろう。

「住まいは東京!幻のタカ」 - ダーウィンが来た!・選 - NHK

私も子供が鳥屋じゃなかったらたぶん知らなかったはずだ。

鷹が?都会にいるもんなのか?

同じく、子供が鳥屋じゃなかったらたぶんこう思ったはずだ。

しかし、意外といるもんなのだ。東京にいたころ、家と目と鼻の先のちっちゃな公園でツミを見かけたことがある。一時は絶滅も心配されていたオオタカなんかも、今や明治神宮あたりでも見られるくらいだ。

 

この絵本はすごい。「たくさんのふしぎ」の真骨頂じゃないかと思うくらいだ。

まず、作者の兵藤さんはいわゆる“プロ”ではないこと。

会社に行く前や、休みの日にツミを観察して、その様子を記録してきた。

というサラリーマンバーダーなのだ。

しかも、ただの鳥屋ではない。

わたしは幼稚園のころから、ワシやタカが大好きだった。

という筋金入りの猛禽好き。

おまけに「今月号の作者」紹介欄によると、

小さいときから、好きなのはお絵描きとお遊戯。

と来たもんだ。

通常バーダーといえば、家の子はじめ写真中心の人が多い。というか目立つ。絵を描く人もいるにはいるけれど、表に出てくるのはプロの人たちだけだ。

子供の影響でさまざまなバーダーの方、専門家の方と会ったことがあるが、

趣味で猛禽の保護と観察、スケッチを続けて今日に至る。

という類の方にはお目にかかったことがない。私が寡聞にして知らないだけかもしれないが、それでも長年、スケッチと観察記録を中心に、近所のツミを観察し続けるというのは並大抵のことではない。

10〜11ページ、狩に取りかかるときの様子や、16〜17ページは巣作りの様子など、長年じっくり観察しなければ見えてこないことを、惜しげもなく披露してくれている。

猛禽というと眼光鋭く精悍な印象があるが、ツミは身体の小ささも相まってけっこうかわいらしい。表紙のほわっとした印象そのままに、柔らかなタッチで描かれるのがピッタリだ。一方で猛禽としての一面もしっかり描かれる。12〜13ページ見開きでこちらを睨みつつムクドリを押さえ込むシーンは、素晴らしくかっこいい。

都会暮らしの鳥にとって、最大の敵はカラスだ。ハシブトガラスなどは大事な繁殖シーズンに、卵やヒナをつけ狙う脅威の存在になる。この時期にツミがカラスを追っ払う習性をちゃっかり利用してきたのがオナガ*1オナガも同じカラスの仲間だが、ブトにはかなわない。そこでツミと同じ時期に繁殖し、近くで営巣してきた。ただし、ツミも利用されっぱなしではなく、たまにオナガのヒナを失敬することもあるという「信用できないボディーガード」なのだ。

6〜7ページは、野鳥観察をするときの「服装と持ち物」「観察者の心得」が描かれていて、格好のバードウォッチング入門にもなっている。「注意していること」の四角囲みの隅に、ツミがちょこんと載ってるのがなんともかわいらしい。

ツミは渡り鳥。春先に南から日本に帰ってきて繁殖し、秋には南へと渡ってゆく。調べるとわかるが、鳥の渡りの研究は意外と進んでおらず、GPS発信機を使ってようやく一部のルートが判明したという例もある。

第11回南三陸自然史講座「GPS追跡で分かった南三陸のコクガンの暮らし」 - YouTube

ご多分にもれず、ツミの飛行経路もまだよくわかっていないという。日本で冬越しをするツミもいるが、こちらも詳細は不明らしい。この辺の謎は、プロ(研究者)が関わらないと解明しづらいもので、一般のバーダーには手に余るところだ。

激しくうなずいたのが、

 けれどもわたしは、まだ南の越冬地でのツミの生活を見たことがない。つまりツミの1年間の、半分のことをまったく知らないのだ。海の向こうでツミたちは、いったいどんな生活をしているのだろうか。わたしは近いうちに、越冬しているツミを観察しに行きたいと思っている。

わたしもマガンが繁殖地で何しているか見に行きたい(『からだの中の時計(第440号)』参照)!今の時期、ガンもハクチョウもカモたちも帰る準備で大忙しだ。たくさん食べて旅に備えるため、エサを求め空を行き交っている。あーもうすぐ帰っちゃうんだなー。向こうではどんな感じで過ごすんだろうなあ……。

 

「作者のことば」では「タカを観察してみよう!」ということで、ひたすら観察のすすめが書かれている。

ツミを見つけるのはハードルが高いだろうということで、おすすめは「秋のタカの渡りの時期に、渡りの観察ポイントに行くこと」。しかし最大のネックは、たいがい子供一人では行けないくらい遠いところにあることだ。

そんなときには家族の大人に連れて行ってもらえないか、相談してみてください。

うちみたいな酔狂な親がいればいいが、近所でもない限り、いきなり伊良湖岬まで連れてってくれというのはなかなか説得が難しいことだろう。首都圏から近いところなら武山が有名で子供も行ったことがあるが、一日限りでは満足のいく観察にはならなかったようだ。

Hawk Migration Network of Japan(タカの渡り全国ネットワーク)

で網羅している観察記録を見るとわかるが、たくさん見られる日があれば、ほとんど見られない日もある。当たるためには、ある程度かよって観察する必要があるのだ。限られた渡りシーズン中、学校の休日を利用してということになると、空振りもあり得る。しかも飛行中のワシ・タカ類の識別の難しさたるや。私にも絶対わかるのなんてトビぐらいじゃないだろうか。作者の兵藤さんはこんなことも言っている。

もうひとつ、見ているタカの種類や性別、年齢を判断することも難しいでしょう。その場でフィールドガイドを調べて、分からなければ詳しい人に教わるのが良いと思います。ただ中には、詳しそうなそぶりをしているけれど、間違えたことを教える人もいるので、注意が必要です。(本号「作者のことば」より)

まあ家の子も前にいた野鳥クラブで、ベテランの方から何度となく識別を直されてたものだ。止まっててもだいたいは遠くにいることが多いので、見間違いも起こりやすい。信頼できる複数の目で識別するのが大事なのだ。

 

遠くまで行かなくても意外とその辺にもいるもんなんだけどね〜

双眼鏡と見つける目と識別する力さえあれば。

って、こんなこと子供に見つけてもらってはじめてわかる私にしたり顔で言われたくはないだろう。そもそも見つける目と識別する力が難しいって言ってるじゃないか。まあそれでも、家の近所でいえば、トビは見つけるまでもないし、近くの川の中洲にはハイタカが休んでたり、ちょっと車を走らせればノスリがその辺に止まってたり。ガンの観察ポイントで知られる沼は、チュウヒの観察ポイントでもあるし、たまにオジロワシがやってきてたりもする。

家のマンションの屋上ではチョウゲンボウが子育てしていたことがあったが、やはりカラスとバトルを繰り広げて大変そうだった。ちなみにチョウゲンボウハヤブサの仲間だが、近年の分類研究でハヤブサは、従来のタカ目ではなく独立したハヤブサ目となり、スズメとインコに近いグループとして分類し直されている。本号4〜5ページでは「猛禽類」としてハヤブサも紹介されているが、猛禽類ではあっても彼らはもう「タカのなかま」ではないのだ*2

 

 こうしてタカを観察すると、また見に行きたくなるものです。同じ観察ポイントで同じ人に会ったり、違う場所でも同じ人に会ったり、初めて会う人と友達になったりして、段々、タカの観察の深みにはまっていくでしょう。詳しくて信頼できる人、仲良くなれそうな人も自然とわかってくると思います。(本号「作者のことば」より)

ホーク・ウォッチングのみならず、さまざまな趣味の人みながうなずける言葉ではないだろうか。趣味の入り口は、熱意ばかりでなく良き先達に出会うことが肝心なのかもしれない。

*1:しかし、近年ではオナガの巣は必ずしもツミのと近接しているわけではないようだ。https://www.jstage.jst.go.jp/article/birdresearch/8/0/8_0_A19/_pdf

*2:山階鳥研で行われたテーマトークのタイトルが面白かった。題して「鳥の系統学の今 〜ハヤブサはワルぶったインコなのか」。鳥博日記 » 過去ログ( 10月のテーマトーク開催しました!)