始まりは東京近郊の動物園(市原ぞうの国かなあ?)。象のショーを見たことがきっかけだった。
3頭の象はみんな、アジア象でした。ショーがおわるころには、わたしはすっかり、はるばるタイからやってきた3人の象使いにひきつけられていました。大きな象をらくらくと調教する、こがらな象使いのひみつを知りたくて、こっそり宿舎をたずねました。
そこで「象使いのたまごたちがくらす村」を知った作者は、タイにある村まで飛ぶことになる。
タクラーン村だ。タイ東北地方イサーンのスリン県にある。カンボジアは目と鼻の先だ。
村のなかは、象の足跡や“落とし物”でいっぱい。ちなみに中表紙の写真も巨大な象の足跡だ。
そこで出会ったのが3頭の象。
刈り入れが終わった田んぼに、大きなお尻と小さなお尻が二つ並んでいる。母象と双子の子象だ。母象はラムドゥアン、双子はチムとチュム。象使いのウンの家の象たちだ。
12〜13ページは、双子の愛らしい姿でいっぱい。つい顔がほころんでくる。
ウンの家は妻デーンと長女ゲン(中3)、長男スッジャイ(小6)と次男ディオ(小4)の5人家族。代々象使いで生計を立てている。
象使いは旅の生活になる。
村に帰るのは年2回。それ以外はタイ各地を巡業し、象を使って仕事をしているのだ。現金収入を得るためでもあるが、ゾウの餌を確保するためでもある。村の周りにはもうエサ場がないのだ。
仕事のため、親と子が離れて暮らすのは『ハチヤさんの旅 (たくさんのふしぎ傑作集) (第26号)』をはじめ、「ふしぎ」では何度となく見かけている。一緒に暮らすだけが家族の形ではないけれど、共に過ごすひと時は嬉しさもひとしおだろう。
朝はそれぞれひと仕事。ウンが森へ象を連れていけば、デーンは蚕のためのクワの葉つみに。ゲンは井戸へ水汲みに、そしてスッジャイとディオは象のフンの後片付けだ。家の仕事を家族みんなで担っている。
田んぼの手伝いもある。稲刈りが終われば今度は絹糸を取って織物作り。仕掛けを作って魚とりだってする。ウンの家のおじいさんは竹細工の名人、魚をとる
この絵本は、象使いの生活を見せるだけでなく、タクラーン村の暮らしを紹介するものでもあるのだ。
印象に残ったのは“森の大先生”という敬称をもつ、パオ老(88歳)の話。
かつてはカンボジアまで足を伸ばして象狩りをしていたという。カンボジア内戦が始まって森には入れなくなり、のちに象狩りも禁じられることになった。象狩りのさまざまな掟や、狩のときに着ていた衣装や道具などは過去のものになってしまった。
あらたに森の大先生が誕生することは、もはやありえないのです。
クライマックスは、スリンの町でおこなわれる象まつり。スリンまでは67キロ、象を連れて1日がかりの道のりだ。双子の象はまだ長い距離を歩けないので、トラックに乗せられていく。とはいえ、母象ラムドゥアンと双子たちはお祭りに参加するわけではない。母象は子育て中で気が荒くなりがちなので競技には出場しないのだ。その代わり開会式で特別に紹介されることに。
象まつりはさまざまな競技がおこなわれ、実に華やかだ。
スリン・エレファント・ラウンドアップ・ショー(スリン象祭り) | 【公式】タイ国政府観光庁
本書に写るお祭りの様子は、↑近年のものとほとんど変わることがない。日本もそうだが、伝統のお祭りというのは、形を変えることなく続いていくものなのだろう。
著者の小河修子さんは、のちにタイの男性と結婚し現地で暮らしているようだ。
タイ菓子の物語をひも解く 編集者・コラムニスト - ワイズデジタル【タイで生活する人のための情報サイト】
タイ国日本人会 : Japanese Association in Thailand : タイのお菓子は二度おいしい
日本に行ってみたいと言ったスッジャイとディオに「いつか日本で会えることを楽しみに」と書いていた小河さん。立派な象使いとなった彼らの姿を、きっとタイで見ていることだろう。