このエントリーに引き続き、粘菌の「ふしぎ」。著者の中垣氏は、なんとこの粘菌ネタで、イグノーベル賞を2回も受賞している。すごい!
『変形菌な人びと(第219号)』を書いた越智典子氏も、粘菌にはエサの好みがあることを語っていたが、やはり食べ物の好き嫌いがいろいろあるらしい。基本的はオートミールだが、どの商品でもいいわけではなく(!)あきらかに好みがあるというのだ。いちばん人気は「化学肥料や農薬をつかわない有機栽培で麦粒そのままを、昔ながらの素朴な製法で加工したもの」。おいしくて体に良いものは粘菌でもわかるんだなー……てか、お前らはマクロビアンか!
匂いの好き嫌いもある。ヴァニラの匂いはダメ。お酒もダメ(酔っぱらった息を吹きかけた)。タバコの煙は死ぬ。紫外線や青い光は嫌い。寒天培養地に電気を流すとマイナス極に移動。セロファンやガラスは大丈夫だが、なぜか食品用ラップフィルムは嫌い。というように、ありとあらゆる実験で遊んでいるところが、イグノーベル賞受賞理由の一端なのだろう。
キニーネという粘菌が嫌いな薬品を使った実験では「逃げるほどではないけれど、ちょっと気になるくらいの濃度」のキニーネを、実験用の通路において粘菌の行動を調べる。
まずは移動をやめて数時間そのままじっとしている。その後キニーネを乗り越えて進んでみたり、Uターンして引き返してみたり、はたまた一部は乗り越えて進み、一部は引き返したり(分かれたとしても“一匹”として管でつながっている)。
わたしはこれを見ているうちに、まるで人間が、どうしていいかわからないときに、うじうじ迷っている姿とそっくりだと思ってしまいました。
と言わしめ、
粘菌は何億年も昔に現れたといわれています。人の祖先は200万年ぐらい。人より何百倍もの長いあいだ、生きぬいてきた、人間の大先輩です。そう考えると、きっと何らかの意味で、かしこく生きてきたのではないだろうかという気にもなってきます。
とまで考えるようになるのだ。
それならば。粘菌を、2つのエサの間に置いてみたら、果たしてどういう形でとりつくだろうか。一度に2つのエサに取り付くのか?片方のエサだけに寄っていくのか?
粘菌もさるもの。一つの太い管を使ってエサをつなぎ、二手に分かれて2つのエサに同時に取り付いたのだ!つないでいる太い管はほぼ直線、つまり“最短経路”をとっている。そこで粘菌は合理的な最短経路を作ることができるのではないか?という仮説が立てられる。
そこから派生したさまざまな迷路実験の中でも、面白さと意義深さを兼ね備えた最高のものは「関東地方のJRの鉄道路線図を描かせる」実験だろう。イグノーベル賞受賞を決めた実験だ。関東地方を模した実験地に、JRの路線にあるおもな街の場所にエサを置いて粘菌を移植する。一度エサを求めて広がった粘菌は、26時間後、エサをつなぐ鉄道網を作ったのだ。粘菌の作り上げた路線図は、実際のJR路線図とかなり類似する。感心することしきり、感動すら覚えてしまう代物だ。
こんなふうに粘菌で遊ぶことなら、私にもできるかもしれない……と思ってみたが、そもそも「粘菌の実験をするためには、元気の良い粘菌を育てる必要があります」。やはり地道な下準備の上にこそ成り立っている実験なのだ。
ちなみに、本号の英語タイトルは、
"Hi, I'm Physarum. A Single-celled Intelligent Amoeba!"(やあ、わたしはモジホコリ。単細胞だけどかしこい粘菌だよ!)
粘菌を擬人化して表現しているところが秀逸だ。