知ってるつもりで、知らない植物がある。
たとえばバオバブ。バオバブのイメージはせいぜい『星の王子さま』止まり。これで知った気(木)になってるなんて本当におこがましい。『マダガスカルのバオバブ(第357号)』を読むまで、こんなに種類があるものだとは知らなかった。
マングローブもその一つだ。
マングローブといえば思い浮かぶイメージはあるけど、マングローブとはなんなのか知ろうともしてなかった。
先日のさわやか自然百景で「マングローブとは、海水と淡水が入りまじる、汽水域で育つ樹木の総称」という説明を聞いて、ああそうだったのか!と気づく始末。
「沖縄 西表島 水の世界」 - さわやか自然百景 - NHK
おまけに、
世界では60〜115種類もあり、そのうち日本でみられるのは5〜9種類です。
というではないか。こんなにも種類があるなんて。さらにややこしいのが、
数がはっきりしないのは、形や生態があまりにもさまざまで、マングローブのなかまに入れるか入れないか意見が分かれるものがあるためです。
10〜11ページで紹介されるのは9種類。すべて西表島で見ることができる。
- マヤプシキ(ハマザクロ科)
- ヤエヤマヒルギ(ヒルギ科 ヤエヤマヒルギ属)
- ニッパヤシ(ヤシ科)
- ヒルギモドキ(シクンシ科 ヒルギモドキ属)
- メヒルギ(ヒルギ科 メヒルギ属)
- サキシマスオウノキ(アオイ科)
- オヒルギ(ヒルギ科 オヒルギ属)
- ヒルギダマシ(キツネノマゴ科 ヒルギダマシ属)
- シマシラキ(トウダイグサ科)
このうち3.4.6.9.はマングローブのなかまに入れない場合もあるという。ひと口にマングローブといっても、さまざまな種類があるのだ!
マングローブといえば真っ先に思い浮かぶのが、あの特徴的な根。タコ足のような根っこをもつのがヤエヤマヒルギだ。あの根っこは根としての役割、支えになったり、水分や栄養分を吸収したりする以外に、もう一つ役割がある。
呼吸だ。
ふつう植物が呼吸するのは葉っぱ。マングローブも葉っぱで呼吸する。しかしマングローブは根っこでも呼吸するのだ。これを呼吸根という。
呼吸根の形は種類によってさまざま。
- ヒルギダマシやマヤプシキは筍根(直立根)という、竹のようにつながった地下茎からニョキニョキ伸びてくる根っこをもっている。
- オヒルギは、
膝根 という膝を曲げたような奇妙な根っこをもち、地面からポコポコと突き出している。膝根があるのはオヒルギだけだ。 - ヤエヤマヒルギの、あのタコ足のような根っこは支柱根と呼ばれる。支柱根もヤエヤマヒルギだけの特徴だ。
- メヒルギやオヒルギでは、根の一部が板状になったもの、板根が出ている。
マングローブの不思議 | マングローブワールド | 東京海上日動火災保険
マングローブは「海水と淡水が入りまじる、汽水域で育つ樹木」だ。水、それも海水に浸かってるわけだ。こんなにも塩分が高いところで生きられる植物といったら海藻くらいなもの。どうやってこの塩っからい環境を生き抜いてるんだろう?
- ヤエヤマヒルギやオヒルギは、根っこで水分を吸い取るときに塩分を濾し取っている。濾しきれなかった分は葉っぱにためておき、葉を落とすときに一緒に捨ててしまう。
- ヒルギダマシは塩類腺という特別な器官で、葉の裏側から塩分を捨てている。
耐塩性が強いものほど、海に近いところに生えるという(塩生植物)。
マングローブのなかには、一風変わった繁殖方法を取るものがある。
ふつう植物は花が咲いた後、実をつけ種ができる。ヤエヤマヒルギは種をすっ飛ばし、いきなり実の状態から芽を出し、いわば苗木の状態まで育ってから旅立つという。“胎生種子”と呼ばれている。6月から8月にかけ、棒状のものがたくさんぶら下がっているのが見られるが、それが胎生種子だという。生長した胎生種子は海面に落ち、潮の流れに乗って旅立ってゆく。そのほかオヒルギやメヒルギも同じように胎生種子をつけるという。
マングローブの繁殖 | マングローブワールド | 東京海上日動火災保険
こうして生態を知ってみると「マングローブ」とひとまとめに語れないくらいの、多様な生き方が見えてくる。「海水と淡水が入りまじる、汽水域で育つ樹木」という共通点はあるものの、海水という厳しい環境を乗り越えるやり方はさまざまだ。
一方で「マングローブ」とひとまとめに語ってよいところもある。それはマングローブ林が“生命のゆりかご”であるということ。本号はあくまでマングローブがメインなので、生きものたちの姿は控えめだ。それでもマングローブの周りに集まる生きものたちを見ると、彼らにとってなくてはならない存在であることがよくわかる。
マングローブというとこのように生きものたちとの関わりで語られがち、マングローブそのものにスポットが当てられることはあまりない。本号のマングローブはどれも西表の美しい自然を背景に生き生きとした姿を見せている。
いつもは「美しい自然の背景」の側にいるマングローブ。本号では主役としてきちんとセンターで踊っている。
いやはや「たくさんのふしぎ」だけで、こんなに西表について学べるとは。やっぱり現地で見てみたいなあ。ウミショウブの花やヤマネコは難しいにしても、マングローブ林は体験できるはず。
マングローブのこともっと知りたい!
と思って読んでみたのが『マングローブ生態系探検図鑑』。
これがまた痒い所に手が届く本で、知りたいと思ってた以上のことが書かれている。
驚いたのが、ヒルギダマシやマヤプシキの筍根は葉緑素をもっていて、光合成すること。呼吸するばかりでなく、栄養も作っているとは!
なぜマングローブは呼吸根が発達したのかもわかった。マングローブの生える干潟は水に浸かりやすい。したがって地中の空気も少なくなる。根っこも地上に出すことで、呼吸しやすい仕組みになっているのだ。
「マングローブの植生模式図」を見れば、どのマングローブがどれくらい塩分に強いか一目瞭然。
ヒルギダマシ>マヤプシキ>ヤエヤマヒルギ>メヒルギ>オヒルギ>サキシマスオウノキ
ヒルギダマシが海にいちばん近いところに生え、高い耐塩性をもつことがわかる。逆にサキシマスオウノキはほとんど塩分の影響を受けないという。
マングローブの落ち葉などがデトリタスとして、干潟の生きものを支えている図式も興味深かった。
干潟の生きものたちだけではない。人間の暮らしもマングローブに支えられている。熱帯・亜熱帯の人々にとって、マングローブ林は食・住環境を整える大事な存在なのだ。
食はいうまでもないだろう。マングローブ林は豊かな漁場であり、そこでとれる魚介類を食べるばかりでなく、売って現金収入を得ることもできる。
住は?マングローブ林は熱帯・亜熱帯地域を襲う台風やサイクロンの、強風や高潮を弱めてくれるはたらきがあるのだ。そればかりでない。スマトラ島沖地震 (2004年) では、津波の被害を軽減する効果があったという。普段の生活においても、海岸の保全機能を果たし、防風林や防潮林としての役割も担っているのだ。
命を守ってくれたマングローブ | マングローブワールド | 東京海上日動火災保険
マングローブの木そのものも役立っている。建築材料や燃料として。家畜の飼料として。サキシマスオウノキの“蘇芳”からわかるとおり、染料としても使われるのだ。今では建材や燃料、染料としての利用は少なくなっているというが、マングローブ林が生活に欠かせないものであることに変わりないのだ。
マングローブと共に生きる | マングローブワールド | 東京海上日動火災保険
『ナショナル-ジオグラフィック日本版 2022年5月号』を読むと、世界各地のマングローブ林について、気にかかる事態も見えてくる。
オーストラリア、カーペンタリア湾一帯では、3,900万本ものマングローブが枯れてしまったという。猛暑とそれにともなう干ばつの影響だ。
豪マングローブ林、7400ヘクタールが枯死 史上最大規模 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News
2021年の段階でも、回復の兆しが見えない状況だという。
ブラジルでは、ピラケミリム川河口域のマングローブが枯死している。オーストラリアのマングローブ大量死から半年後、同じエルニーニョ現象の影響で発生した嵐のせいだ。以前から干ばつの影響で水の塩分濃度が高まるなどして弱っていたところに、ひょうと強風に見舞われ、3分の1近い木が枯れてしまったという。
世界の森林、ひいてはマングローブ林にとっても、気候変動が脅威になりつつあるのだ。