こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

種採り物語(第233号)

『種採り物語』の種は、野菜の種だ。ダイコン、ニンジン、ゴボウ、ネギ。菜っ葉にトマト、キュウリ、カボチャ、ジャガイモ。みんなスーパーでフツーに見かける野菜だけど、種など見たことがない。カボチャはあるか。トマト、キュウリの種は口に入るだけだ。

種を採るのはけっこう大変な作業だ。ダイコンの種はさやが固いし、ゴボウの種は栗のいがのようなトゲトゲにつつまれている。ニンジンの種は手で擦り合わせながら、ネギの種は手で揉みながら、種を選り分ける。楽そうなのは、カボチャの種くらいだろうか。

菜っ葉、チンゲンサイはこんな具合だ。

「さあ、種をあやすぞ」

 そういうと、岩崎さんはチンゲンサイの束をかかえて、まるで赤ちゃんをあやすように、大きくゆさぶりました。

 ざーっと、雨が降るような音がしました。

「あやす」という言葉は、岩崎さんが住む地方で「種を採る」という意味です。むかしから使われてきた、土地になじんだ言葉です。

とりわけ手がかかるのが、トマトの種だ。

  1. 熟したトマトをつぶす。
  2. つぶしたものすべてポリ袋に入れ、発酵させる。
  3. 2〜3日経ったらざるに上げ、残ったタネをきれいに洗う。
  4. きれいに水洗いしたら、広げて乾燥させる。
  5. 乾いたら紙袋に入れ、涼しいところで保管する。

発酵させるのは、種のまわりについたゼリー状のものを取り去るためだ。うまく発酵させるためには上手な温度管理が必要で、途中でカビが生えてしまったり、熱をもち過ぎて種が死んでしまったりすることもあるらしい。

合わせて読んだ『タネの未来 僕が15歳でタネの会社を起業したわけ』でも「トマトの採種や栽培は、正直言って上級者向け」と書かれている。この本を書いた小林宙氏は、小さいころからのタネ好き・タネコレクターが高じて、とうとう会社まで作ってしまった男だ。タネを集めるだけでなく、自分好みのトマトを作るために、タネを何世代もとり続けて固定していき、オーダーメイド栽培までしているそうだ。

16歳男子高校生が「種」を売る何とも壮大な理由 | 食品 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準 

 

ジャガイモだけは、種イモというかたちで種採りをおこなっている。ジャガイモにも種ができるものの、種から育てた場合、すごく小さなイモしかできないのだという。食べられるくらい、商品になるくらいのイモにするためには、その小さなイモを植えて、種イモを作って、また植えてと年単位での作業が必要になる。趣味でやっていることではないので、ジャガイモの「種採り」というのは現実的ではないのだろう。

岩崎さんが種を採っているのは「在来・固定種」の野菜だ。『タネの未来』の小林君が仕入れて売っているのも「在来・固定種」のタネ。しかし、野菜農家の多くは自ら種を採ることはなく、毎年「雑種第一代 (F1種)」の種を買って栽培している。その方が収量も品質も収益も安定しやすいからだ。私たちがスーパーで安定して野菜を買えるのも、F1種のおかげだ。

「固定種」は安全、「F1種」は危険、はホント? 種子の多様性を知ろう | 農業とITの未来メディア「SMART AGRI(スマートアグリ)」 

便利なF1種のタネがあるのに、なぜ、岩崎さんは「在来・固定種」のタネを採るのだろうか。種を採るというのは手間もコストもかかる大変な仕事だ。

種を守り継ぐために。種が持つ物語。【種採り農家・岩崎政利さんのお話】|「雛形」違和感を観察する ライフジャーナル・マガジン

を読むと、その作業の一端をかいま見ることができる。

岩崎さんは1つの野菜の種を採るのに最低でも50本、多いものは400本ほどの母本を選定して種を採っていく。岩崎さんは10カ所くらい飛び地で畑を持っているんですが、その理由は種が交雑しないように。ミツバチが行ける距離だと交雑してしまうので花同士が見えないようにしている。自然に花を咲かせて種を採るためには、50種類もの種の植える時期をずらして、しかも交雑しないよう飛び地の畑を行ったり来たりしながら、一年間、計算しながら種を採る必要があるんです。

しかも「在来・固定種」は、すぐに結果が出るタネではない。タネを蒔いて栽培し、自家採種してまた栽培する。その繰り返しを重ねるなかで、土地の気候や風土に合ったものができてくるという、途方もない時間がかかるものなのだ。

芯が赤い「紅芯大根」は、中国から来た種でして、なかなか雲仙の土地になじんでくれませんでした。もう辞めようかと思ったこともありましたが、10年くらい過ぎた頃、見事に芯が赤い大根になってくれまして、私の畑と私に対してやっとなじんでくれたかという思いでした。(前掲「種を守り継ぐために。種が持つ物語。【種採り農家・岩崎政利さんのお話】|「雛形」違和感を観察する ライフジャーナル・マガジン」より)

そんな手間もコストもかかるタネを、なぜ採るのか? 

楽しいから、ではないだろうか?岩崎さんは、野菜という植物と、土との付き合いが楽しいのだと思う。手をかければかけただけのものが返ってくる。もちろん、おいしいもの、スーパーの野菜にはない味のものができるから、というメリットもある。

 しかし、野菜は種ができて、その種からまた親と同じような野菜が育つ、というのが自然の姿です。味も、そのほうがおいしいのです。野菜の種を自分で採って育てると、その土地に合った野菜ができていきます。(『種採り物語』本文より)

野菜の花が咲いたよ(第220号)』で、「野菜の花を愛でる、じっくり観察する、ということに限っては、「野菜づくりのプロ」にはできないことではないかと思う」と書いたが、「種採りのプロ」である岩崎さんはこんなことを言っている。

私が農家をやっていて、一番素敵だなと思うのは野菜の花の時期なんですね。花が咲くといろんな生き物たちが花に集まってくる。いつも見慣れた野菜ですが、花の瞬間だけはすごく美しい花を咲かせる。特に在来種の花はとても美しいんです。そうした美しい野菜の花の世界を感じた時、野菜に対して本当に頭が下がります。(前掲「種を守り継ぐために。種が持つ物語。【種採り農家・岩崎政利さんのお話】|「雛形」違和感を観察する ライフジャーナル・マガジン」より)

 

F1種による野菜は、いまの私たちの暮らしには欠かせないものだけれど、多くの農家がそればかり生産してしまうと「遺伝的多様性」が失われることにもなる。『タネの未来』にも書かれているが、作物の「遺伝的多様性」がいかに重要か、それがわかるのがアイルランドで起きたジャガイモ飢饉だ。クローンで殖やすジャガイモは、ただでさえ遺伝的多様性が低い作物だ。そこへ収量の多い品種だけを集中的に作ったため、疫病の蔓延を抑えることができず全滅してしまったというものだ。

じゃがいものふるさと(第275号)』のアンデスでも、数千種類のものじゃがいもが栽培されている。『マチュピチュをまもる アンデス文明5000年の知恵(第343号)』で見られる、一見効率が悪そうな段々畑も、多品種多品目の作物を作るのにうってつけの場所なのだ。

(略)中央アンデス本来の生産戦略の特徴は生産性を追求するものではなく、収量は低くとも安定的な収穫を目的とするものであった。アンデス高地部での作物栽培は突然の降霜や干ばつ、さらには病害虫の発生など、つねに収穫が危険にさらされているからである。
 したがって、その栽培方法は様々なリスクを回避する方策がめぐらされていた。たとえば、作物の品種の多様化、生産・流通における分散化への志向などがそうである。(「熱帯アンデスにおける伝統農業とその変化 ―中央アンデスを中心に―」より) 

「遺伝的多様性」を維持し多品種多品目を栽培することが、最大のリスクヘッジになることをアンデスの人びとはよく知っていたのだ。

『種採り物語』の英題は“The Seed Saver”だ。岩崎さんも、そして小林君も、野菜の「遺伝的多様性」を守り継ぐ大切な仕事をしている。まさに“Seed Saver”なのだ。

  僕が起業した「鶴頸種苗流通プロモーション」の主な事業内容は、めずらしい伝統野菜のタネ、つまり消滅する可能性の高いタネを、全国から集めて販売することだ。言い換えると、ごく小さな地域に留まっている、なくなりそうなタネの数々を、僕が取り寄せて流通させることで保存していくこと、とも言える。日本にはこんなにも多様なタネと食文化があるのに、それがなくなってしまうことは、なによりもまず、もったいないと僕は思う。(『タネの未来 僕が15歳でタネの会社を起業したわけ』46ページより)