こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

マチュピチュをまもる アンデス文明5000年の知恵(第343号)

昨年のお正月、初詣で高幡不動を訪れたとき、参道沿いにペルー料理のお店を見つけた。

Las Papas【公式】

エスニック好きの我が家が飛びつかないわけがない。ランチに寄ることにした。私はハチノスが大好きなので「カウカウ(Cau Cau)」という煮込み料理を食べた。オレガノなどハーブが効いていてとてもおいしかった。ご飯にもよく合う。デザートに出たのは「マサモーラ・モラーダ(Mazamorra Morada)」。日本では珍しい紫とうもろこしを使ったデザートだ。とうもろこし嫌いの子供もこれはおいしいといって食べていた。

アンデスの人たちにとって、じゃがいもが大切な作物である(カウカウにもたっぷり入っていた)ことは『じゃがいものふるさと(第275号)』で紹介したが、とうもろこしも同じく重要な作物で、特に祭祀や饗宴儀礼に用いられるお酒(チチャ)の原料として使われてきた。「とうもろこしのふるさと」こそメソアメリカ地域だが、やはりアンデスで品種改良が重ねられ多くの種類が産み出されてきた。本号ではさらに、

 今では世界中の人びとが食べているジャガイモやトマト、カボチャ、ピーナッツ、サツマイモ、トウガラシ、インゲンマメ、パイナップル、アボカドなどの農作物は、すべてアンデスの人びとが野生の植物から長い時間をかけて品種改良したものだ。

と書かれている。

インカの人々は、農作物の数々を段々畑で作っていた。4000メートルの高地から深い谷底までの高度差を利用し、それぞれの環境にあったものを作っていた。段々畑といっても日本の里山で見られるようなのどかなものではない。アンデスの山々の急斜面をこれでもかとばかり造成した大規模なものだ。表紙写真に写る観光客が豆粒サイズなのと比べると、この段々畑、アンデネスがいかに巨大な造成地なのかがわかると思う。

 遺跡のひろがる尾根の両側は垂直に近い切りたったがけで、谷底を流れるウルバンバ川まで400メートル以上も切れおちている。その見おろすだけでも足がすくむ急な斜面にも、だんだん畑がきざまれている。

このような農地を作るには、建築や灌漑の高度な技術が必要だ。インカでは、文明の重要アイテムである文字も鉄も車輪も使われていなかったにもかかわらず、人々の手作業だけでこれだけのものを築き上げてきたのだ。

遺跡はおもに石でできているが、驚くべきはその石切りと石積みの技術だ。 「カミソリの刃一枚はいらない」といわれるほど、すき間なく組み合わされた石壁。建物には柱がなく、どれも石の壁だけでできている。こんな技術を持つ人たちがもしイースター島とつながりがあるのだとすれば(『ポリネシア大陸(第422号)』)、モアイを作るなど造作もないことだろう。

これほどまでに高度で緻密な石の建造物が造られたのには理由がある。ペルーは、日本と同じく地震大国なのだ。地震が頻発するところで適当に建築物を作れば、地震のたびあっという間に壊れてしまう。本号では、建築工学の研究者にして「マチュピチュ文化大使」の藤澤正視先生が、マチュピチュの遺跡に施された“災害対策”の工夫を解説してくれている。藤澤先生によると、びっしり造られた段々畑も作物の栽培が第一目的ではなく、急な斜面が崩れないようにするための土止めの役割を果たしていたのだろうということだ。

建造物だけではない。インカトレイルと呼ばれる道路にもさまざまな工夫が見られる。インカ帝国では、クスコの中心にある広場を起点に、領土のすみずみまで合計すると地球一周分に当たる4万キロを超える道路網が整備されていたという。インカトレイルの一部は、今でもマチュピチュ観光のトレッキングコースとして使われており、石畳や石段など当時の技術を見ながら歩くことができる。

藤澤先生は最後にこんなことを語っている。

「インカの人びとは科学的に研究したり実験したりして、地震に強い構造の建物を作ったわけではありません。地震のたびにこわれないようにするためにはどうすればよいか、失敗をくりかえしながら学んでいったのでしょう。カラル遺跡の時代からマチュピチュの時代まで、4000年以上の時間は、ペルーの人たちが大自然のなかで安心して暮らすために、さまざまなくふうをつづけてきた歴史そのものです」

アンデスの人びとが長い時間をかけて品種改良に勤んできたものが、今の農作物につながっているように、現存する遺跡に残された技術の痕跡も長年の試行錯誤の結晶なのだ。ローマは一日にして成らずとはいわれることだが、インカ帝国の繁栄も高度な技術も一朝一夕にでき上がったものではない。私たちが今見ているのは、過去の人々が「失敗をくりかえしながら学んでいった」成果だけだ。現代から見れば驚異的に見える文明の背後には、死んでは生まれ、生まれては死にゆく人びとの、知恵と工夫と思いが積み重ねられている。

古代インカ都市マチュピチュ、知られざる10の秘密 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

この『マチュピチュをまもる アンデス文明5000年の知恵』は、2016年に大阪市立図書館で企画された「1年間、貸出0(ゼロ)の本」展の対象本になっている。そして見事、展示期間中の貸出回数1位を記録している。

[終了報告]【東淀川】図書展示「1年間、貸出0(ゼロ)の本」展 - 大阪市立図書館

対象本のなかには「たくさんのふしぎ」がちらほら見られるけれど、まさに「背表紙だけでは魅力が伝えられず、本棚に埋もれたまま、1年以上誰にも借りてもらえなかった本」だからだと思う。新刊時は面出ししてもらえるけれど、ひと月で入れ替わってしまう。月刊誌の宿命だ。それでも、大阪市立図書館は、かなり遡ったバックナンバーを開架に出していると思われるので、手にとってもらえる機会は多いはずだ。図書館のなかには、過去1年分しか開架に置かなかったり、過去数年分以上のものは除籍になってしまうところもある。書棚は有限だし、各図書館の考えや基準で運営していることなので、致し方ないことではあるけれども。

東京在住時に住んでいた自治体の図書館は、その点本当に素晴らしかった。中央図書館には10年以上のバックナンバーを開架に出してくれている上、創刊時からの月刊誌もすべて揃っている。地域の分館ほとんどにも、新刊と数年分のバックナンバーを置いてくれている。蔵書検索システムも使いやすく、バックナンバーのデータもきちっと整備されている。

本号のふしぎ新聞「おたよりありがとう」のなかには、

★ぼくは鳥や恐竜が好きです。鳥や恐竜に関する「たくさんのふしぎ」は何冊ありますか?

という岩手の少年からお便りが寄せられていたが、

◎バックナンバーを調べてみたところ、全部で十四冊ありました。意外に少ない?残念ながら、すべての本が品切れです。図書館でさがしてみてください。

との回答が。

しかし、そもそもバックナンバーがなければお手上げだし、図書館のなかには古いバックナンバーのデータが正確でないところもある。著者名が空白だったり、出版年月が不正確だったりするものがあるのだ。蔵書にあるか探してもらったり、他の自治体から取り寄せを頼めるかなど、リファレンスサービスにお願いできればいいのだろうが……。家の息子にはリファレンスを活用するよういっしょに実践してみたこともあるが、子供一人で行くのはなかなかハードルが高いようだ。

ちなみに紹介されている14冊は以下のものだ。リンクはこのブログの記事にとぶようになっている。

005号 1985年 8月号 恐竜はっくつ記
015号 1986年 6月号 町のスズメ 林のスズメ
030号 1987年 9月号 つばさをもった恐竜族
072号 1991年 3月号 海鳥の島
110号 1994年 5月号 ムクドリの子育て日記
178号 2000年 1月号 巨鳥伝説
201号 2001年 12月号 コウテイペンギン撮影記
228号 2004年 3月号 ツバメ観察記
229号 2004年 3月号 鳥の巣
254号 2006年 5月号 小さな四角い海・谷津干潟
266号 2007年 5月号 コアジサシ ふるさとをなくした渡り鳥
276号 2008年 3月号 ニワシドリ あずまやを作るふしぎな鳥
303号 2010年 6月号 ゆかいな聞き耳ずきん クロツグミの鳴き声の謎をとく
309号 2010年 12月号 ハクチョウの冬ごし

のちに傑作集として出版されたものもあるので、バックナンバーそのものでなくても傑作集として図書館に入っている可能性がある。