こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

植物でシャボン玉ができた!(第403号)

7月の日曜日、子どもをつれて、近くの公園にでかけました。

本号はこんな軽やかな一文から始まる。しかし実はすごい本なのだ。

お話の枕は、著者が小学1年生のときの思い出。高柳さんは1948年生まれなので、かれこれ60年以上前のことだ。

掃除の時間のこと。6年生のお兄さんが、校庭の木から緑色の実をひと掴み取って、水の入ったバケツに入れ、ぐるぐる手でかき回し始めた。不思議なことに、そこから白い泡のようなものが発生するではないか。さらに驚いたのは、その泡で泥だらけの簀をこすると、たちまちきれいになったこと。

「まほうの実みたい!」と、おどろくわたしに、

「おばあちゃんのまねをしてみただけさ」と、お兄さんが笑いました。

この“まほうの実”はエゴノキの実。『木の実は旅する(第362号)』でも紹介される、毒のある実だ。この毒成分が白い泡の元でもある。

 

『植物でシャボン玉ができた!』は、こんな“まほうの実”を探究する絵本だ。

エゴノキのほかにも、“まほうの実”があるんだ!

さがして、汚れが落ちるかどうか、たしかめてみたい!

そして、シャボン玉をふいてみたい!

驚くべくは、“まほうの実”そのものより、著者の飽くなき探究心。

  • 本で疑問を調べてみる
  • “まほうの実”を探しにいく
  • 実験する
  • 疑問を持ち、さらに実験を重ねる

テイストは夏休みの自由研究みたいな感じだが、“まほうの実”探しのなかで、近所のおじいさんから昔話を聞いたり、これまでの自分の経験を実験に活かしたりと、著者ならではのアプローチで描かれるところが素晴らしい。

実験を重ねた結果、“まほうの実”だけでなく、“まほうの植物”も探す必要があることに気づいた作者。ここからも、

  • 植物図鑑を調べる
  • 調べたことを元に仮説を立てる
  • 実験し、考察する

と、科学的手法が存分に発揮される。

こう書くとなにやらお堅い絵本に見えてしまうが違うのだ。あくまで雰囲気は夏休みの自由研究。軽やかに生き生きと描かれている。具体的にあれこれ紹介したいのはやまやまだが、そうすると読む楽しみがなくなってしまう。もちろん紹介したところで、つまらなくなるような絵本じゃないけど。

こうしてサポニンをふくむ植物をたくさん見つけたので、いよいよシャボン玉をふいてみました。

そう、目的はシャボン玉を吹くことだった。

ここからもストローの研究含め、実験が盛りだくさん。うっかり失敗からヒントを得たり、実験からシャボン玉をうまく作るコツを会得したり。

わたしは、失敗をくりかえしてきました。だからこそ、工夫することが楽しく、うまくシャボン玉がふくらんだ時の喜びが大きかったのです。

本に書かれる多くは成功の部分だけだけど、その裏には、たくさんの失敗が眠っているのだ。心置きなく失敗を繰り返せるって実は贅沢な体験なのかもしれない。

 

にしても、高柳さんの探究心も探求心もしみじみすごい。

実はこの本を紹介する前に、シャボン玉実験とか最後の泡ハンドソープとか自分でもやってみたいと思ったのだ。だが、その“まほうの実”を探す段で止まってしまってるような有り様。それでも今回再度読み返して、高柳さんの好奇心、科学する心にあらためてうたれた次第だ。読むたびに新たな発見がある。

誤解があるといけないが、この絵本には科学なんて言葉は一つも出てこない。高柳さんはただ「これからも、もっともっと“まほうの植物”をさがし、おもしろい遊びを見つけたい」だけなのだ。それでもこの絵本は、知りたいと思う心さえあれば、子供でも誰でも科学者たりうることを教えてくれる。

 

場外である「作者のことば」にも、“まほうの植物”話が尽きることなく書かれている。なんせ、高柳さんが“まほうの植物”に興味を持ち始めたのは、

 私が、“まほうの植物”を探しはじめたのは、二十数年も前のことです。今は、パソコンで「サポニン」と単語をいれるだけで、サポニンをふくむ植物がずらりと出てくるような時代になりましたが、そのころはこつこつと自分で探すしかありませんでした。(本号「作者のことば」より)

数年やそこらの話ではないのだ。本号に載せられなかったネタもあるという。その辺のところを盛り込んで、拡大版の傑作集として出してほしいくらいだ。ヒントになった本の中には『チム・ラビットのぼうけん』や、なんと『ナバホの人たちに聞く(第163号)』もあるという。

「作者のことば」の最後は“まほうの実”に関わる落語「茶の湯」のさわりを紹介し、オチは聞いてのお楽しみということで〆られている。読み聞かせなど子供の本の活動や、親子で楽しめる自然観察会に携わる、高柳さんならではの趣向だ。

<かながわ未来人>チョウの越冬 観察10年 サイエンスライター・高柳芳恵(たかやなぎ・よしえ)さん(71):東京新聞 TOKYO Web

ここからは高柳さんのすごい本を二冊ご紹介したい。どちらも高柳さんの探究心も探求心も目一杯感じられる本だ。

一冊目は『葉の裏で冬を生きぬくチョウ―ウラギンシジミ10年の観察』。

ウラギンシジミの越冬を見たことをきっかけに、10年にわたって観察し続けたものをまとめた本だ。ウラギンシジミシジミチョウの仲間。通常幼虫や卵で越冬するものが多いが、成虫で越冬する数少ない種類の一つだ。

10年にわたって観察……と一言でまとめてしまったが、ま〜その内容の濃ゆいこと。『植物でシャボン玉ができた!』あれ、本当は40ページじゃ絶対足りなかったはずだよ。「たくさんのふしぎ」の多くはその40ページじゃ足りないっ!ってものを、断腸の思いで削って削って磨き上げたもので出来上がってるんだろうなあとつくづく思った。

観察を始めて二年目からもうすごい。ウラギンシジミは何本足で越冬してるか、ですよ?四本足と前足を出した六本足での違い、それぞれの越冬の成功率までとらえている。

 おなじものをくりかえしみていると、前には目にはいらなかったことに、あらためて気づくーーそういう経験は、だれにでもあることでしょう。わたしも、つぎつぎとウラギンシジミの新しい生態に気がついていきました。(『葉の裏で冬を生きぬくチョウ』36ページより)

観察したことはノートに記録。観察を続け疑問が増えるにつれて、記録の方法も洗練され、確立されていく。

 まず、ウラギンシジミを発見すると、じゅんに番号をつけます。そしてそのウラギンシジミについて、

1 いつ

2 どのようなところで(環境、樹木の種類、地上からの高さ)

3 どのようなウラギンシジミが(前羽の形、傷などの特徴、オス・メスなど)

4 どのようなとまり方をしているか(葉の位置、からだのむきなど)

を、あらかじめつくっておいた表に書きこみます。そのご、そのウラギンシジミをみにいくたびに、

5 まだ、葉の裏にいたか

6 何か変化がなかったか

を記録し、感じたことやかんがえたことも、書きとめておくようにしました。

(同38ページより)

本職の研究者顔負け。なかでも出色は「ウラギンシジミ冬ごし成功率と風速の関係」だ。4シーズンにわたり、家の近くの個体をほぼ毎日観察。同時に気象に関する新聞記事を集めておくという徹底ぶりだ。4シーズンの記録はグラフにまとめられており、相関がよくわかるようになっている。

魅力は“科学者”としての観察眼だけではない。越冬を終えたウラギンシジミの旅立ちに、涙する様子も見せている。

 主のいなくなったその葉の裏をみると、四か所にぽつんとシミがついていました。ながいながい時間をかけてできた、葉の変色したあと。それは、とりもなおさずウラギンシジミが〈冬を生きぬいた証〉です。その四つのシミをみながら、冬の日にかよってみつづけてきた、ウラギンシジミの姿をおもいだし、涙がほおをこぼれ落ちました。(同86ページより)

もちろんウラギンシジミの飼育もおこなっている。飼育での観察や記録や発見も当然濃ゆいものばかり。ここまで見るか、ここまでするかと呆れるほどだ。

あとがきで高柳さんはこんなことを語っている。

(もっとウラギンシジミのことを知りたい。)この気持ちをもちつづけ、こつこつと観察をつみかさねてきました。いまは昆虫にかんする知識もふえてきましたが、当時は、ほとんどありませんでした。しかし、知識のあるなしはあまり重要ではなく、自分の目でしっかり観察して、記録することのほうがはるかにたいせつなことだと、すぐに気がつきました。「自分の目でみること」。これは自然観察をするうえで、もっともたいせつなことでした。しっかり観察をしていると、ふしぎだとかんじる気持ちは、あふれるようにわいてきます。知識は必要になったときに、本でしらべたり、人にきいたりすればいいのです。「知る」ということがどんなことか、また、どんなに心をわくわくさせることか、ウラギンシジミの観察をしながら学びました。(同156ページより)

この本がそれを身をもって教えてくれる良き教材になっている。

もう一冊は『どんぐりの穴のひみつ』。

どんぐりの穴?どーせハイイロチョッキリとかシギゾウムシの話でしょ?と侮ることなかれ。カバー袖の紹介文によると、

 ひとつの穴の正体がわかると、また新しい〈なぞ〉が生まれ、とうとう十三種類の穴から、十六種類もの虫たちが出現してきました。

ですよ?

そもそも高柳さんがどんぐりを集めていたのは、どんぐり餅づくりのため。どんぐりの殻むき中に虫が出るわ出るわ出るわで厄介者だったはずなのに、あべこべに観察対象になってしまうのだから面白い。25ページには「どんぐりもちのつくり方」まで載っている。

こちらも『葉の裏で冬を生きぬくチョウ』と同じくらい濃ゆい観察実験記録が満載だ。こっちも始まりは9年前とかだよ……。高柳さんにとっては9年、10年とか大したことない時間なんだろうなあ。

本で調べつつも書かれていることをそのまま鵜呑みにするのではなく、自分の目でしっかり観察をするところが高柳さんらしい。あの『ファーブル昆虫記』さえ、書かれているのと違っているところを発見したり、新たな発見があったりしているのだ。

もちろん寄生バチ(『ぼくが見たハチ(第161号)』)もちゃんと登場している。寄生バチの戦略やちゃっかりぶりがこちらでもよくわかる。

なかには苦い失敗談も。ハイイロチョッキリの卵を見つけた年、成虫になるのを観察するため、冬越し準備をし容器を物置にしまっておいたところ。すっかり忘れ、気がついた時には8月になっていたのだ。当然のことながら開けて見つかったのは大量の成虫の死骸。普通なら見せたくないような失敗も隠さず書いてしまうのも感心するところだ。

しかしこういうのやりながら三人の子育てって……どんな女だよ、高柳さん!つくづくすごい人である。