創刊年、1985年度ラインナップの一冊。
- いっぽんの鉛筆のむこうに (たくさんのふしぎ傑作集)
- はてなし世界の入口 (たくさんのふしぎ傑作集)
- 草や木のまじゅつ (たくさんのふしぎ傑作集)
- 庭にできたウサギの国 (たくさんのふしぎ傑作集)
- 恐竜はっくつ記 (たくさんのふしぎ傑作集)
- バッタのオリンピック (たくさんのふしぎ傑作集)
- どうくつをたんけんする (たくさんのふしぎ傑作集)
- 地球は日時計
- ことばをおぼえたチンパンジー (たくさんのふしぎ傑作集)
- ある都市のれきし―横浜・330年 (たくさんのふしぎ傑作集)
- 夢ってなんだろう (たくさんのふしぎ傑作集)
- 御殿場線ものがたり (たくさんのふしぎ傑作集)
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さすが気合が入っている。見ればわかるとおり、ほとんど全てが「たくさんのふしぎ傑作集」になっているのだ!
その中で唯一出されなかったのが『地球は日時計』だ。
理由は明快。
工作がついているから。それも飛びっきり気合の入った。
本文は28ページ構成、かわりに付録の充実ぶりがすごい。
いや、付録ではない。
付録の工作を作らないと、本が完成しないからだ。
組み立てして、本文の該当箇所に貼り込むようになっている。しかも工作は平面ではなく立体、貼り込む箇所は14ページ7場面にわたっている。
え?じゃあ本が閉じられないじゃん。
本は閉じられるようになっている。閉じられるよう工夫してあるのだ。
つまり仕掛け絵本を作るようになっているのだ!
おもて表紙見返しにはこんな文言が。
この本は、自分で工作して、“とびだす絵本”にするようになっています。よく考えながらつくってみてください。この本にかいてあることが、ずっとよくわかると思います。
本号の作者、安野光雅の作品に『天動説の絵本』というものがある。
この絵本で安野光雅は「天動説を信じていたころの人びとは、世界がどのようなものだと考えていたか」理解しろと迫ってくる。
迷信の時代の人びとは、今から思うとたくさんのあやまちをおかしました。しかし、それは今日の目で見ているからであって、当時の考え方からすれば、むしろ正しいことだったといえる点もあります。また、天動説を信じていた昔の人々がまちがっていたことを理由に、古い時代を馬鹿にするような考え方が少しでもあってはいけません。今日の私たちが、私たちにとっての真理を手に入れるために、天動説の時代はどうしても必要だったのです。(『天動説の絵本』「解説とあとがき」より)
天動説は「もっとも常識的な考えにもとづいて」いるという。確かに、私には地球が動いていることを体感できないし、太陽の方が動いているようにしか見えない。おそらく子供たちの多くも同じではないだろうか?知識は別として。
地球が丸いこと、地球こそが太陽の周りをまわっていること、そんなのは誰でも知ってる。でも本当にわかってる?地動説、本当に理解してる?
安野光雅はこう迫ってくる。
知っていることと、わかっていることを区別して考えてみよ。わかるというのは、天体の動きを説明できるということではない。それよりも、天動説の時代に人びとが何を考えて、どんな暮らしをしていたのか……それを理解できるかという話なのだ。
嚆矢ともいえるコペルニクス、異端の謗りを受けたガリレオ、そして死罪にまで処せられたブルーノ。地動説が真理へと至る道は険しいものだった。その道の途上、身を賭して真理を伝え続けた彼らの胸のうちを想像せよと。
そうした歴史を思うと、「地球は丸くて動く」などと、なんの感動もなしに軽がるしく言ってもらっては困るのです。
この本はもう地球儀というものを見、地球が丸いことを前もって知ってしまった子どもたちに、いま一度地動説の驚きと悲しみを感じてもらいたいと願ってかいたものです。(『天動説の絵本』「解説とあとがき」より)
知っているだけではわかったことにならない。今を生きる私たちもまた、未来の人たちにとっては「迷信の時代の人びと」になるかもしれないのだ。
この『天動説の絵本』に対する「地動説の絵本」こそ、『地球は日時計』だ。
日時計の仕組みなど誰でも知っている。その日時計をあえて作らせ、観察させる。
時刻を知る(時計を作る)のが目的ではない。
地球が動いているのを体感せよ、という話だ。
知識を知るだけでなく、手を動かして頭を使って観察せよ。君たち自身が、コペルニクス、ガリレオ、ブルーノになれということだ。
子供たちの反応はどんなもんだったんだろうか?
工作好きの子はすぐさま作り始めただろうし、そうでない子は作らなかったかもしれない(もっともその作らなかった子(人)のおかげで、未使用品を手に入れられたわけだが……)。
なんせ幼児向け雑誌の付録と違って、切り取り線や折れ線が至れり尽くせり施してあるわけじゃない。工作に不慣れな子には難しかったのではないだろうか。
工作の注意として、こんなことも書いてある。
○ のりのかわりにセメダインをつかうと、しっかりくっつきます。
○ ゆっくり、おちついてつくってください。
とくに16〜17ページの日時計は細かい部分の折目をきちんと入れて、接着剤でしっかり貼ってという作業が大変だったはずだ。今回私は両面テープを多用して乗り切ったが、接着剤だったら難儀したと思う。まして1985年当時10歳だった私が作ったとしたら、途中失敗して投げ出していたかもしれない。
当時の子供たちは躊躇なく切ったり貼ったりしただろうが、今の私は、本の希少性とかケチくさいことを考えてしまう。とても原本にハサミを入れることはできなかった。したがってこれからで紹介するのは、コピーしたものを厚紙に貼って作製したものだ。原本のキットは表面だけでなく裏面も印刷されているので、裏表を合わせるのに少し苦労した。
図1 2〜3ページの仕掛け |
図2 4〜5ページの仕掛け |
図1は「ヨーロッパの古い町の広場に立つ塔」が、日時計の役割を果たしていたことを示す絵だ。実際に塔を立てることで日時計が再現される。
図2は、北極を中心にして真っ直ぐ棒を立て、図のように15°ごとに線をかけば、それだけで日時計になるということを示す仕掛け。次の6〜7ページでその原理が説明されている。
ゼンマイも電池もない日時計が、ちゃんと時計のやくめをするのは、地球がきそく正しく自転しているからです。「地球は日時計」なのです。
ちなみに写真は原本のコピーに貼り付けたものだが、原本自体に取りつけてページを閉じると、きちんと折り畳まれるようになっている。
図3 8〜9ページの仕掛け |
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図3〜4は、奥の窓から差し込む光を比べるという実験。正午に窓からの光がどこまで届くのか記録せよというもの。日が経つにつれ光の届く位置が変わっていくことがわかる。
図3は正午ではないが、春分の日に撮影したもの。夏至の日にまた撮って比べてみたい。
図4の方は「この家の中に、東京や大阪のあたりでは夏至の日と冬至の日に光がどこまでさしこむか、あらかじめかいておきました。自分の町とくらべてみてください」のところを拡大したもの。
この家もきちんと折り畳まれるようになっている。
図5 12〜13ページの仕掛け |
図6 図5の別方向からの写真 |
図5〜6の仕掛けは、緯度・経度や地球の傾きを立体で再現したもの。正午と子午線、標準時について解説がなされている。
図5を見ると、世界の子供たちの絵があしらわれているのがわかるだろう。単なる理科の工作というだけでなく、きちんと装飾までほどこされているのだ。なんとぜいたくな付録だろうか。当たり前だけど、絵本本体ときちんと調和するように作られているのだ。
図7 16〜17ページの仕掛け |
図8 図7を横から見た写真 |
図7の「コマ型日時計」こそ、本書の真骨頂だろう。
少しわかりにくいが、14のところに影がおちて、きちんと14時をさしている。心棒をその地域の緯度と同じ角度に傾けて使用する。当地は北緯38°なので、図8のように地面に対し心棒を38°傾けて使っている(写真にある分度器の三角形は自作したもの。本号の付録には付いていない)。
本当に素晴らしく美しい造形だ。実用に供するだけでなくアートとして見ることもできる。その上「折り畳みできる」ことを利用して、緯度の傾きを作ることができるなんて、一石二鳥の仕組みではないか。
とはいえ、
コマ型日時計は、日時計のしくみがわかりやすいものですが、あまりつかいやすくはありません。
心ぼうを、せいかくに緯度に合わせてかたむけるのがめんどうですし、季節によってかげが文字ばんのオモテ側にできたり、ウラがわにできたりするので、そのかわりめの季節にはかげが見えにくくなってしまいます。
ということで、次に紹介されるのが「水平型日時計」だ。
図9 22〜23ページの仕掛け |
図10 図9を横から見た写真 |
この「水平型日時計」は、北緯35°用に設計されたものを組み立てるようになっている。
図10の直角三角形は「日かげ板」と呼ばれているが、地面に接する方の鋭角が35°というのがポイントだ。斜辺はちょうど「コマ型日時計」でいう心棒にあたるわけだ。直角の頂点から斜辺になぜ垂線が下されているのか、それは次に紹介する24〜25ページの工作を見るとわかる。
これ、どうやって折り畳むの?と思われるかもしれない。「日かげ板」は両側をセロハンテープで留めるようになっていて、どちらにでも倒すことができるのだ。なぜセロハンテープか?文字盤の線が見えなくなってしまうからだ。後ろの板は糊付けだが、これも折って倒すことができる。
図5の仕掛けもそうだが、この絵本唯一の欠点はセロテープを使うところだ。セロテープは長期的には保たず劣化しやすい。本の補修用テープなど使ったらいいのだろうが、当時は手に入りにくかっただろう。とはいえこれは月刊誌。あくまで雑誌だから、出たときに読んで作って楽しんでと、長期保存は前提としていなかったと思う。
24〜25ページは、付録の貼りこみではなく、厚紙を使って一から「水平型日時計」を作ってみよ、というものだ。
図11 24〜25ページの工作 |
図12 |
図13 工作の設計図 |
23ページ(図9参照)には、
この文字ばんは、コマ型日時計の15°ごとの線を、うまく水平な面にうつせばできます。
と書いてあるが、そのことがわかるのが図13だ。図の上部にある円が「コマ型日時計」の文字盤、それを「うまく水平な面にうつ」したものが、すぐ下にある長方形の文字盤だ。
つまり「水平型日時計」の文字盤を作るには、まず「コマ型日時計」の文字盤を作る必要があるのだ。
直角の頂点から斜辺になぜ垂線が下されているのか
というのは、この垂線こそ「コマ型日時計」の文字盤の半径として使う長さだからだ。図13でいうと線分OT(赤線)のところになる。
うちは北緯38°なので、図13のいちばん下のように「日かげ板」をまず作り、それを元に文字盤を設計して作製してみた。作ったものを横から見たのが図12、この日時計を使って16時に撮影したのが図11になる。
この作図は難儀する小学生もいたのではないだろうか?分度器を使って角度を測りとったり、正確に線を引いたり。点を移す作業もあれば、平行線を引く作業もある。
中学生であれば、15°を取る作業も、点を移す作業も、コンパスが使えることを思いつくかもしれない。コンパスで60°を取り30°、15°と角の二等分線を作図していけば、分度器を使わずとも15°を取ることができる。
「作者のことば」には、
地球の動きと太陽のかんけいがわかり、それをつくえの上の日時計があらわしているのだとわかったときは、とびあがるほどうれしいものです。
いまはまだ、「むずかしい」と思うひとがあるかもしれませんが、そのうちにきっとわかるはずです。
という言葉があるが、おそらく多くの小学生にとっては、付録の工作を作るだけで精一杯だっただろう。とすれば、小学生の1回こっきりで読み捨てるにはあまりにももったいない絵本だ。そのあと折に触れて読み返したり、付録は作り直せないにしても、24〜25ページの工作を作ってみたりした子はいるだろうか?
図14 26〜27ページの仕掛け |
図15 図13を裏から見た写真 |
これまでのことがわかれば、自分のすんでいる町の日時計はもちろん、どんなに遠くの町にすんでいる友だちのための日時計でもつくれるはずです。しっぱいしてもいいから、ぜひつくってみてください。小さいつくえの上で地球の動きを感じとれるのは、すばらしいことです。
ということで、26〜27ページは、緯度がそれぞれ30°、35°、40°、45°、50°、55°、60°で使える7つの日時計を作るようになっている。図14のとおりだ。
それぞれの日時計が、どんなところでつかえるか、14〜15ページの地図でしらべてください。
と書いてあるが、それぞれの日時計の裏にもその緯度の主要都市が記されている(図15)。図9に写る本文に見えるが「南北反対に置き、文字盤の数字を左右逆に読みかえる」と南半球でも使うことができるのだ。標準時と経度の関係、ズレの調整の仕方まで解説されている。
世界時計まで作らせるとは!
それこそ「地球は日時計」を感じてもらうために必要なことなのだ。
目ざまし時計やうで時計などは、みんな砂時計の兄弟で、その時間のもとは日時計です。そして日時計のもとはきそく正しくまわる地球だったのです。
『貝ものがたり(第149号)』『都会で暮らす小さな鷹 ツミ(第444号)』など、「作者のことば」でもぐいぐい来てたのが印象的だったが、本号の安野光雅も同じだ。「作者のことば」に至っても、子供たちにしつこく迫ってくる。
日時計は、この本の24〜25ページだけを見ても、よく考えれば、だれにでもつくれます。ほんものの時計が、紙一枚でつくれるのですから、ゆかいですね。
付録の工作キットを使うのもいいけど、本当はまっさらな紙から自分で設計して作ってほしいということだろう。
この本をきっかけに、地球の動きと時間のかんけいを興味をもって考えてください。
その後に続く「メモ」でも、絵本の各ページの解説を入れ、こうしてみよ、こんなことを試してみよ、こう考えてみよと子供たちにはたらきかけるのだ。
本号の後、安野光雅が「ふしぎ」を手がけることがなかったのは本当に残念だ。子供たちにとって厳しくも良き教師として作品を作れる、稀有な絵本作家だった。「40ページ」の制約を嫌ったからか、それともほかの理由があったのだろうか?
この本は海外版も出ているが、工作はなく、すでにできあがった仕掛け絵本として作られている。
STEAM Stories - Anno’s Sundial - YouTube
ならば日本でも仕掛け絵本として復刊できるのではないか。検討されることはなかったのだろうか?検討があったとして、結果コスト面で断念したのか、もしくは安野光雅が渋ったのか気になるところだ。
冒頭紹介した、おもて表紙見返しの言葉、
この本は、自分で工作して、“とびだす絵本”にするようになっています。よく考えながらつくってみてください。この本にかいてあることが、ずっとよくわかると思います。
を考えるとやはり、子供自身の工作なしでは意味がないと思ったのかもしれない。私自身、作ってみて発見したことがたくさんあったからだ。
本当に、付録含めぜひ復刊してほしい一冊だ。
奥付の英題は ↑ のとおりだ。
↓ こちらは邦題をそのまま訳してある。
<2023年10月12日追記>
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右の写真を見ればわかるとおり、ちゃんと14時を指している。
文化の港 シオーモ | 石造りの日時計 Stone sundial